バタバタバタバタッ

ガッタン!!


「乱太郎!」


風呂上りの火照った体を休ませながら「そろそろ寝る時間かなぁ」なんて考えていた乱太郎は、少々乱暴に開けられた自室の戸にビクッと飛び上がった。
何事?!と開け放たれた戸を見て見れば、そこには満面の笑みを浮かべて布団を抱えている小平太と、相変わらず表情が読めないままの長次が立っている。


「び、ビックリした」

「乱太郎!布団持ってきたぞ!!」

「は、え」



一体何を言っているのやら。
乱太郎がはて?と首を傾げていると、それを見た小平太がカラカラと笑う。


「今日は私と長次が乱太郎と一緒に寝る番だろ?」

「ああ、うん。そうだったね」


その言葉に途端に顔を明るくして乱太郎が笑う。
忘れていた訳では勿論ないが、改めて言われると何だかくすぐったい。


「それで、私達今夜は乱太郎の部屋に邪魔する事にしたんだ」

「私の部屋で良いの?」

「だって乱太郎の部屋で寝た事ないしな」


そりゃそうだ。
気分転換に私の部屋で寝てみたいって事かな?そう乱太郎は考えて、分かったよと頷いた。
実の所、昨晩小平太が「乱太郎の部屋は当然乱太郎の匂いがする!私はそこで寝たい!」何てやや変態じみた事を言って長次に引っ叩かれていたのだが、それは乱太郎が知らなくても良いことだろう。
それとあまりにも小平太が煩いのと、元々長次も乱太郎の部屋で寝る事自体は反対ではなかった為結果的に彼の望み通りになった、という事も。
さてここまで聞いて「はて、忍者は匂いを残さないように毎日風呂に入るのでは?」と思うかもしれないが、人にはそれぞれ落とし切れない個有の匂いというものがあるものだ。
それが布団や衣類なんかに染み付いて、部屋の中はそれぞれの匂いに染まっていく。
乱太郎は保健委員だから、小平太や長次の部屋とは当然全く違う匂いがするだろう。同じ保健委員の伊作とて、乱太郎と全く同じ匂いになるなんて事はあり得ない。
ましてや乱太郎は一人部屋の住人、当然そこは乱太郎の匂いに染められている筈なのだ。
野生そのものみたいな小平太は、そういう事を嗅ぎ分ける能力に他の誰よりも長けている。
なので余計にそういう一見変態みたいな所に鋭敏に反応するのだろう。 
と、話が逸れてしまった。


「あ、どうぞ入って」


何時までも布団を抱えた友人達を廊下に立たせたままでいる訳にはいかないと、乱太郎は急いで戸を全開して二人を招き入れた。


「おー、乱太郎の匂い。良く来るけど今日は一晩ここで過ごせるんだな~」


後ろで若干おかしな言葉が聞こえた気がしたが、長次と小平太が抱えていた枕や布団を降ろすのを見届けてから部屋の戸を閉めると自分も布団を引っ張り出しに向かう。


「乱太郎は真ん中な!」

「(コクリ)」


布団を抱えた乱太郎に小平太が声をかけると、それに長次が一つ頷く。
乱太郎が「はーい」と返事を返すと、それぞれの布団を仲良く並べて敷いた。


「あはは、やっぱり三重ねも並んでると狭く感じるね」


部屋の中でみっちりと詰まって敷かれた布団に、乱太郎は笑いを堪え切れないようだった。
昨年まで伊作や留三郎と同じ部屋で寝ていたのだからそれなりに見慣れた光景である筈なのだが、一週間程一人で寝起きしていた事もあって、何だか妙な新鮮さを感じているようだ。


「そうだな。やはり三人並ぶと狭いものなんだな」

「……妙なものだ」


そしてそれは小平太や長次も同じであるようだった。
ましてやこの二人はずっと二人で部屋を使用しているから、その部屋の様相は乱太郎以上に新鮮さを感じるものなのだろう。


「さてさてー、じゃあ早速」


一通りその奇妙さを感じてから、乱太郎は早速真ん中の布団に潜り込んでみる。


「何だ、もう寝るのか?枕投げとか」

「……しない」

「もう、こへちゃん!眠らなくても良いから取り合えずお布団に入って!!」


小平太から少しズレた文句が出たものの、長次と自分が断ると渋々布団に入る。


「おお、乱太郎が近い」


すると、途端に先ほどまでの文句は遥か彼方へ飛んで行ったようだった。
隣に寝転ぶ乱太郎の近さが非常にお気に召したらしい。


「ちーちゃんとこへちゃんに挟まれるのって初めてかなぁ?何かちょっと変な感じ」

「そうだなー。今まで部屋が別だったし、たまに雑魚寝しても絶対いさっくんが乱太郎の隣にいるからな」

「……仙蔵も」

「そうそう!いさちゃんと仙ちゃんって何故かいっつもわたしの隣に居るんだよね。だから違う人が隣に居るのがすっごい新鮮!」


べったりな伊作とちゃっかりな仙蔵を思い出したのだろう。乱太郎はクスクスと笑いを零す。
それまで仰向けになり両手を頭の下で組んでいた小平太だったが、ゴソリと左に居る乱太郎に向かって右肘を着き、手の平で頭を支えながら笑った。


「なぁに?」

「私はいっつも乱太郎の隣で寝たいと思ってたぞ」

「やぁだ、なにそれ」

「本当だ。なのにいつも仙蔵やいさっくんが隣にいるからちょっと面白くなかった」

「ふふ、そうなんだ」

「笑い事じゃない。長次だってそうだぞ」

「ちーちゃんも?」


笑う乱太郎に、小平太は少し拗ねたような顔をして長次の方を見やる。
その視線を辿るように乱太郎が長次の方へ顔を向ければ、彼の真っ直ぐな眼差しがこちらを見つめていた。
乱太郎と視線がぶつかると、長次も僅かに体を乱太郎の方へと向けて小さく「そうだ」と答えを返す。


「ほらな。私達は乱太郎が大好きだから、何時も傍にいたいんだ」

「わたしだって二人が大好きだよ」

「ははは、乱太郎の好きと私達の好きは少し違うかもしれないがな!」

「えー、良くわかんない」

「……それで良い。今は」

「んー」


いまいちスッキリしないのか乱太郎は暫く布団の中で左右に頭を揺らしていたが、掛布団を握っていた右手を優しい力で包まれて考えるのを止めた。
包まれた右手を見れば、頬杖をついたままの小平太がキュウ、と自分の右手を握っている。


「こへちゃん?」


何時もの元気一杯な笑顔とどこか違う、何か深い笑みを深べる小平太に彼を呼んでみるが


「気にするな」


そう言われて一層深い笑顔を返されて終わってしまった。
すると今度は左手を温かい何かが包む。
左を見れば、長次が同じように自分の左手をキュウ、と握っている。


「ふふ、二人ともどうしたの?」

「……気にするな」

「はぁい。じゃあ今日は手を繋いで寝ようね」


気にするな、と言った二人の表情が今まで見てきたどの表情より優しくて嬉しそうだったから、乱太郎は何も言わずに握られた両手の指に少し力を入れて頬を緩ませた。
それに答えてくれるかの様に、先ほどよりもほんの少しだけ力を入れて握られる両手が何だかくすぐったい。


「それなら私は乱太郎の布団で寝たいが」

「……お前の寝相では乱太郎が潰れる」

「それはヤだなぁ。でもお布団がくっ付いてるから同じお布団で寝てるのとあんまり変わんないと思うよ」

「おお、そうか」

「……乱太郎、気をつけろよ」


何故か囁く様に小声でクスクスと笑いあう。
それは今三人の距離がとても近い事を物語っていて、乱太郎は思わず二人の手をグイと自分の方へと引っ張った。


「なんだ?」

「……どうした?」

「えへへ、もう少し傍に来て欲しいなって思って」


ほにゃりと笑う乱太郎に、小平太と長次の頬も緩く崩れてしまう。
弱くも無く強くもない力で握られた手をそのままに、乱太郎の傍へそっと体を寄せた。


「おやすみなさい、ちーちゃん、こへちゃん」

「おう、おやすみ乱太郎」

「おやすみ、乱太郎」


そして小さな声で囁かれた乱太郎の言葉にこの上ない幸福を感じ、繋がれた手に再度小さく力を込めて瞳を閉じたのだった。



おやすみなさい、良い夢を。
さて明日のい組ではどんな様子が見られるのか、それはまたのお楽しみ。




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