六年は組、猪名寺乱太郎は一人部屋の住人である。
基本、人数の少ない六年生は同じ組の者と同室になるのだが、何故か彼だけ部屋を一人で使用する権利を有している。
というか、自らそれを引き当ててしまった。
始まりは学園長の「六年生の大きな体では三人同じ部屋に寝泊りするのは狭かろう。幸い部屋が余っているので、は組三名の内一名には部屋を一人で使用する権利を与えちゃおう」という言葉だった。
さて、普通こう言われれば六年生である彼等は大喜びの筈だ。
普段碌でもない思い尽きしかしない学園長が、珍しくとんでもなく素晴らしい思い尽きをしたもんだ!と。
何せ忍者として修行を積んでいく内に荷物や書物は増え、しかもそれなりに年頃の青年であるのだから色々と事情も出てくる。そう、色々と。
しかし、何故だかは組の三名は全く以って喜んでいなかった。
理由は簡単「寂しいから」である。
ただしそれを純粋な意味でもって思っていたのは猪名寺乱太郎ただ一人であり、他の二人は「もし自分が一人部屋になってしまって、コイツが乱太郎と二人部屋になるなんて事になったら(乱太郎と離れて自分は)寂しい(上に超絶胸糞悪い)じゃないか」という意味だった。
それは「寂しい」とは言わない、というのは置いておく。
諸手を挙げてその権利を欲しがると思っていた学園長は拍子抜けし、なーんじゃ、と詰まらなそうな顔をしたものの、言い出した事は何が何でも実行するのが彼だ。「じゃあくじ引きね」と始めから用意していたのであろうそれを取りだして「さぁ引け、やれ引け、今すぐ引け」と迫った。
乗り気ではないものの、この学園長という人が一度言い出したら聞かないことを良く知っている三人は渋々ながらもそれを引いた。
心の中で「どうか一人部屋ではありませんように!」と祈りながら。
は組としては実にまとまりがあり良いことである。
先も言ったように一名とその他二名ではその意味が大分違うが。
斯くしてそれぞれが引いたくじを確認した結果、純粋に一人になる事を寂しいと思っていた彼が見事一人部屋を引き当て、邪な思いを胸に抱いていた二人が同室となったわけだ。
同室になった二人の落胆振りときたらそりゃもう酷いものだった。
あわよくば自分が乱太郎と二人部屋になって、朝から可愛い笑顔で「おはよう」、夜にはちょっと頬を赤らめて「おやすみ」と言ってもらうという夢が潰えたのだから。
いやいや、何で頬を赤らめているんだ、などという言葉は一切聞こえない。
ガックリと肩を落とす同級生に、乱太郎は


「良いなぁ、二人部屋。こんな時に不運発動しなくてもいいのに」


とかなり落ち込みながらぶつくさ言っていた。
いえいえ、今回に限って言えば一人部屋を引いた事は乱太郎の身の安全を考えれば幸運そのものであったというか、むしろこの場合二人部屋を引き当てた伊作の方が普段通りの不運を発揮したというか、ものの見事にそれに巻き込まれた(訳ではないか……)留三郎も天晴れであったというか、そんな感じなのだが乱太郎には決して伝わらない。
しょんぼりする乱太郎に「じゃあ二人部屋の権利を譲ります(コイツが)!」と二人ほぼ同時に引いたくじを差し出すが、それは学園長によって却下されてしまった。
それではくじ引きの意味がないであろう!と。
全く正論なのだが、二人は舌打ちをせずにはいられない。それを地獄耳の学園長に拾われ、見事に頭の天辺に拳を貰って事態は終局を迎えた。
と、まぁ長くなったがこのような経緯があって一人部屋を使用している訳なのだが、当の乱太郎はこれが兎に角嫌で仕方なかった。
六年に進級し既に一週間は経っているが未だに慣れない。
他の皆はそれぞれ同室が居て、自主練や鍛錬、個別の課題なんかがあってすれ違う事はあっても「おやすみ」や「おはよう」を言う相手がいる。
それなのに自分は夕飯を終え、入浴を済ませると一人静かな部屋へ帰って、そして誰も答えてくれない空間に向かって「おやすみ」を言って寝床に入らなければならないのだ。
寂しくて泣きそうになってしまう。
六年生にもなって一人寝が寂しいなんて笑われてしまうかもしれないが、こればっかりはどうしようもない。
何せ去年までは三人仲良く部屋で寝ていたのだ。


「いさちゃんが急に成長するからだ。うぅ、また仙ちゃんに『だからお前は阿呆と言われるんだ』って言われる」


くすん、と鼻を啜りながら布団を頭まで被って溢す。
自分が寂しがっているのを皆知っているから、就寝前にこの部屋に遊びに来てくれたりする事もあるが(広い部屋だから集まりやすいんだと留三郎は言っていた。何故かこちらを見てくれなかったが)流石に「ここで寝て」なんて我が侭は言えなかった。


「呆れられちゃうもーん!」


ううう……と掛布団を握り締め、ジタバタと暴れてみる。
自分がボスボスと布団を蹴っ飛ばす音が部屋中に響いて、余計に寂しさが増しただけだった。
おっといけない、あまり暴れていると隣近所の部屋に聞こえてしまうかもしれない。
文次郎は今日も鍛錬だと言って部屋にいないかもしれないが、仙蔵は居るだろうから静かにしておかなければいけないだろう。
彼は睡眠を大事にしているから邪魔してはいけないのだ。
前に一度「夜は忍者のゴールデンタイムなんじゃ?」と聞いた事があったが、それに鼻で笑って「無駄に体力を使うのは頭が悪い」と言って文次郎を怒らせていた。


「でもさー、寂しいものは寂しいんだよー」


誰も答えてくれないのは承知でぷうと頬を膨らませていると、ポシポシと控えめに障子戸を叩く音がした。次いで


「らんたろ、起きてるよね?」

「入るぞ」


と、伊作と仙蔵の声がする。
自分が答える間もなくスーッと戸は開けられ、寝巻きに身を包んだ同級生が部屋に入ってきた。


「あれ?何なに?どうしたの?」


夜中の訪問者に驚きもするが、それ以上にこの静かで寂しい空間に誰かが来てくれたという喜びの方が大きい。乱太郎はそれまでの膨れっ面が嘘のように笑顔全開で二人を迎え入れた。


「お前、また気配に気付かなかったな?」


が、仙蔵のこの一言でまた膨れっ面に戻ってしまった。
確かに今自分はこの二人の気配に全く気がついていなかった。でも夜中なんだし、寝る所だったのだし良いではないか。


「六年にもなって人の気配に気付けなくてどうする。私達は別に気配を消したりしていなかったぞ、その気が緩むと全く機能しなくなる癖をどうにかしろと言っているだろう」

「むぅ~」


折角嬉しかったのに、気分は急降下だ。


「仙ちゃん、わたしを虐めにきたの」

「そんな訳ないだろう」

「嘘だぁ!こんな時までそんなお小言をいうなんて虐めにきたんだ!」

「ち、が、う!大体乱太郎が常日頃からしっかりしていれば私だってこんな事ばかり言わない。不運な上注意力散漫な癖に何処でも何にでも突っ込んでいくからこんなに口煩くなるんだ!」


つまりは乱太郎の事を心配しているという事なのだが、そうは言ってくれないのが仙蔵である。


「えー。ねぇ、しっかりしてるわたしって可笑しくない?」

「うー、ん」


しかし……仙蔵の言う事も分かるが、どうもそんな自分は想像出来ない。


「でも出来る忍っぽくて格好良いかもね」

「ほんと?!じゃあ気をつけよっと」

「おい、何で伊作の言うことは素直に聞くんだ」

「え?何が?」


頭が痛い。仙蔵がこめかみを押さえると、先ほどの答えが返ってきていないのに気付いた乱太郎が同じ事を伊作に向かって問う。


「それで、一体どうしたの?」


小首を傾げる乱太郎に、伊作は心の中で『可愛いなぁ!』と身悶えながら「あのね」と笑顔で答える。そんな伊作の後ろ頭を仙蔵が軽く引っぱたくが何のそのだ。


「乱太郎、眠れないみたいだったから様子を見にきたんだ」

「え、もしかして煩かった?!」

「そんな事ないよ。僕達も起きてたしね」


起こしてしまったかと一瞬焦ったが、伊作は笑顔でそれを否定してくれた。
それにしても自分がモゾモゾと布団の中で暴れていた気配を察して来るとは、流石六年も勉強をしてきた忍者のたまごである。六年生は一味違う。
いや、自分も六年目の忍たまだけれど。


「他の皆は?」

「留さんは就寝前に用具倉庫がーって言って出てったきりまだ戻ってない。一年は組がまた何かやらかしたみたいだね」

「文次郎はいつもの鍛錬だ」

「小平太と長次は、もうすぐ来るかな」


それぞれの同室がどうしているかを説明していると、伊作の言葉通り小平太と長次が顔を出した。


「何だ?乱太郎の部屋に集まってなにをしてるんだ?」


言いながらズカズカ入ってくる小平太の後ろから長次が続く。
風呂から帰ってきたばかりなのか、二人の体からはホコホコと湯気が上がっていた。
そういえば、ろ組は今日演習の日であったか。


「……まだ慣れないか」

「ちーちゃん気付いてたの」

「皆、気付いてる」


その言葉に僅かばかり気恥ずかしそうにした乱太郎の頭を、長次が優しく撫でる。
瞬間部屋の中の空気がピリリとしたが、にへらと乱太郎が笑ったので一瞬でまた空気が緩んで戻った。


「恥ずかしい~、ごめんね皆。でもやっぱり一人寝は寂しいんだもん」

「忍が、しかも六年にもなってまだ寂しいのか」

「言うと思った!任務や課題の時は平気だよ!!でもここは学園だし」


仙蔵の言葉にぷっくー!と頬を膨らませて言い返すと、後は「それに……」と小さな声で何かを呟いている。唇を読もうにも俯いてしまっていてそれがかなわず、フと見ると耳まで真っ赤になっている乱太郎に小平太はズイっと耳を寄せた。


「なんだ?」

「皆すぐ傍に居るんだなって思ったら、余計寂しくなるんだもん。すぐ傍にいるのに一緒にいられないのはすっごく寂しいの!」


『!!』


こうなりゃ恥は掻き捨てだ!とばかりに声を張り上げる乱太郎だったが、これにはここにいる全員が参ってしまった。
特別に思っている同級生がこんなに可愛い事を考えていてくれたなんて、それはもう特大級の破壊力でもってそれぞれの頭の中やら胸の中やらに当たって砕けて響く。
ここに居ない文次郎や留三郎が聞いたらさぞかし羨ましがり、何故自分はその場に居なかったのかと悔しがるだろう。


「……そんな寂しがりやの乱太郎は私達に何かして欲しい事はないのか?今なら何でも聞いてやるぞ」


可愛い人の可愛い言葉にクラリと眩暈を覚えていた中で、一番最初に我に返った仙蔵が少しからかうような口調で乱太郎に言う。
彼としては意地悪ともとれる口調で言われれば、いかな乱太郎でも少し拗ねるだろうからその表情を楽しんでやろうと踏んでのことだった。しかし彼はキラキラと輝いた笑みを顔中に浮かべて


「え!良いの?!じゃあ一緒に寝てくれる?!」


と、返して来たのだった。そしてもじもじと寝巻きの裾を弄って


「ずっと誰か一緒に寝てくれないかなーって思ってたんだよね。でも迷惑になるだろうし、ちょっと恥ずかしいじゃない。だから中々言い出せなくて」


と顔を赤らめる。
そんな乱太郎を目の当たりにした一同は、各々彼に見えないように小さくガッツポーズをかましていた。何を隠そう、この同級生達はいつ乱太郎が「一緒に寝て」と言ってくるのかと首を長くして待ち構えていたのだ。
それを上手く引き出した仙蔵、グッジョブ!という所か。
何せいくら乱太郎が寂しがっているのを知っているとはいえ、彼の口からその一言が出ない限りは堂々と毎日寝起きを共にするのは無理がある。
それにお互いがお互いに「抜け駆け禁止」と牽制しまくっていたのでとてもじゃないが「一緒に寝るか」の一言が言えるような状況ではなかった。
しかし彼の口からその一言が出た今、何を遠慮することがあろうか。


「じゃあ早速今夜から一緒に寝ようよ、布団持ってくるから。(本当は一緒の布団でも良いけど)」


この機会を逃してなるものか、と伊作が笑顔を浮かべながら床板を指先で叩いた。


「おい、何でお前が一緒に寝ることになってるんだ」

「乱太郎と一緒に寝るのは私だぞ!」

「……抜け駆け」


早速抜け駆けをしてくれた伊作に、それぞれが反対!と口を挟む。


「僕や留さんは去年まで一緒の部屋だったんだよ!最初は慣れてる人の方が良いに決まってるじゃないか!」

「教室でも一緒の慣れきった顔よりも、新鮮な顔の方がいいだろう」

「乱太郎、私と一緒に寝よう!」

「……私と」


ついにはギャーギャーと言い争いを始める始末。
それもそうだ、いかに乱太郎の部屋が広いといえど所詮は長屋の一室、住人である乱太郎一人分の荷物しかないので他の部屋よりも幾分か余裕があるとはいえ、全員がここに寝るのは絶対に不可能である。そもそも六年生が三人で寝るのは狭かろうと与えられた部屋なのだ、せいぜい二人、ギュウギュウに詰めて三人が限度だ。


「ねぇ、乱太郎は誰と一緒に寝たい?!」

「え?!誰と寝るか選ばなくちゃいけないの?!」


まさかそんな事を聞かれるとは思わず、乱太郎は驚いて眼を見開いてしまった。
それにコクコクと激しく頷く同級生達。


「皆嫌がると思ってそんな事考えてなかった。うーん……」


人差し指を唇に当てて、首を傾げる乱太郎。
そんな彼の様子に「何アレちょうかわいい!」と同級生達は心の中で悶絶する。
しかしそんな事に気を取られてばかりもいられない、乱太郎に選んでもらえれば他の誰にも文句を言われることなく一緒に居られるのだ。
ご飯も一緒、お風呂も一緒、おやすみなさいも、おはようも一緒、そんな夢のような生活の為!


「本当に選ばなくちゃいけないの?」

「そう!選んで、乱太郎!!」

「私と一緒に寝るぞ!乱太郎!」

「煩いぞ小平太!」

「・・・・・・」


困った、これは困ったことになったと乱太郎は頭を抱える。一緒に寝てなんて言ったら「何を言っているんだ」と笑われるとばかり思っていた。
優しい同級生達だが自分も彼等も立派な六年生、そして男。嫌がられると思っていたのにこれは一体どういう展開だろう。


「乱太郎!」

「へっ」

「どうなんだ?!」

「あの、あの」

「私だよな!」

「えっと」

『乱太郎!!』

「えーん!誰か一人なんて決められないよー!皆大好きだもーん!!」


鬼気迫る表情で詰め寄られ、ついに半べそをかきながら声を張り上げた。
その瞬間ピタリと自分に迫る声が止み、ついでに四人の気配も少し離れる。
あれ?と顔を上げると、何故か同級生達は少し離れた所でそっぽを向いていた。


(―大好き……!)


何てことない、各々可愛い人からの可愛い言葉を噛み締めていたのである。
さてひとしきり幸せを噛み締めると、仙蔵が苦肉の策だというような顔である提案をしてきた。


「仕方ない、ローテーションにするのはどうだ」

「ろーてーしょん?」

「そうだ。ここで言い争いをしていても一向に決着は着かない、かと言って乱太郎に選べというのも酷な話らしいからな。毎日誰かが交代で乱太郎と一緒に寝ることにする、それで良いか?」

「それって、例えば今日はいさちゃん、明日はこへちゃん、次は仙ちゃん、ちーちゃんとかそういう事?」

「そうだ。乱太郎が相手の部屋に行くも良し、逆に乱太郎の部屋に呼ぶのも良し、好きにすると良い」

「わぁ!良いねそれ!出来れば三人で寝たいなぁ。わたしずっと三人部屋だったし」

(ッチ、三人か)

「何か言った?」

『言ってない』


こうして一応の決着が着くと、乱太郎が三人で寝るのを希望するなら部屋毎に順を決めた方が早そうだぞ、という話になった。


「じゃあ私があみだくじを用意しよう!」

「小平太、公平にだぞ」

「分かってる!」


はーい、はーいと手を上げた小平太に仙蔵が釘をさしつつ簡単なあみだくじが用意されると、乱太郎の指がツツツーとそれを辿っていく、結果。

伊作、留三郎のは組ペア
長次、小平太のろ組ペア
仙蔵、文次郎のい組ペア

の順で回すことに決定した。


「やったぁ!今日は僕と一緒だよ乱太郎!」

「うん、よろしくね!いさちゃん」

「あーあ、明日までお預けかぁ。早く明日にならんかな」

「……決まったことは仕方ない」

「乱太郎と一緒に寝られるんだから良いだろう」

「そうだけどさー」


喜びまくって乱太郎の周りをウロチョロしている伊作を尻目に、明日、明後日にお楽しみが伸びてしまったろ組ペアと仙蔵は為息を吐く。
それでも乱太郎と一緒の夜は確定しているのだから笑みは隠せないというものだ。

こうして今後ながーく続いて行くことになる「乱太郎と一緒に寝ましょう、そうしましょう」ルールが出来上がったわけなのだった。

さてさて気になるのはあの二人、ここに居なかった留三郎と文次郎がどんな反応を示したのかだが、それはまた改めて、という事で……。


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