大体授業も終わった午後、自室の文机に向かって一人の生徒が紙に筆を滑らせていた。


・潮江文次郎、地獄の会計委員会委員長。負けず嫌いで学園一忍者をしている熱い男、大人びた容姿で渋格好良い。い組。

・立花仙蔵、燃える戦国作法委員会委員長。成績優秀で落ちつきがありクールな男、繊細な容姿で美しい。い組。

・中在家長次、沈黙の生き字引、図書委員会委員長。口数が少なく無表情だが後輩思いの優しい男、重みがあり格好良い。ろ組。

・七松小平太、無尽蔵のスタミナ保持者、委員会の花形(自称)体育委員会委員長。元気な自由人で細かい事は気にしない男、周囲を巻き込む明るさが好かれる。ろ組。

・食満留三郎、用具委員会、戦う用具委員長。忍術の知識と腕が素晴らしく後輩思いな男、男らしい容姿で格好良い。は組。

・善法寺伊作、保健委員会の不運委員長。薬(と毒)の知識は学園一で忍者に向かないくらい優しい博愛精進を持つ男。優しく柔和な雰囲気が素敵。は組。

・猪名寺乱太郎、保健委員会の不運副委員長。伊作程ではないが薬の知識は豊富、忍者に向いていないと良く言われる男。阿呆。容姿……。は組。


「あぃー……」


書き終えたのか、手にしている筆をプラプラとさせながら唸り声を上げていると


「乱太郎?何してるの?」


と、背後から声を掛けられる。その声に振り返ると同級生の善法寺伊作がこちらを覗き込んでいた。


「あぁ、これ」

「なになに?」


手元にある紙を伊作に渡すと、筆を口に咥えてプラプラと揺らす。前に仙蔵に怒られたその癖は中々直りそうも無かった。


「へぇ、乱太郎って皆の事こんな風に思ってるんだね」

「んー。ちょっと前に一年生に言われてさ、六年生は皆格好良いですねーって」

「それで書き出してみたんだ」

「うん。でもさぁ」

「でも?」

「わたしだけ中途半端じゃない?」


自分が思う皆の特徴を書き出している内に気付いてしまった。自らの特徴の無さに。


「そう?」

「そうだよー。六年生の中でわたしだけ委員長じゃないしさ、容姿だって良く言って中の下じゃない?!これと言った特技もないし、一人部屋だし、阿呆だしぃ」


唇でプラプラと揺らしていた筆を手に持ち替えると、それを持って上下に振り回しながら愚痴る。これも悪い癖だ。


「一人部屋は兎も角。まぁ、阿呆だな」

「仙ちゃん!!」


入口からした声にムッとして声を上げると、眼が合った仙蔵の眉がみるみる寄っていく。
あ、しまった。と思った時にはもう遅く


「乱太郎、その癖を直せと言っているだろう!お前が筆を振り回すからそこら中墨で汚れるんだぞ!」

「振り回してないもん!ちゃんと拭いてるもん!」

「拭き方が雑なんだお前は」

「うぅ~~~!!!」


またお小言を言われてしまった。仙ちゃん口煩い、母ちゃんみたい。とブーブー言っていたら今度は軽く頭を小突かれた。仙蔵の小突きは本人が思っているよりも痛い。


「まぁまぁ、仙蔵落ち着いて。乱太郎、大丈夫?」

「仙ちゃんの意地悪。いさちゃんの優しさの半分でも貰えば良いのに」

「そんな事言ってるともう課題手伝わないぞ」

「仙ちゃん優しい!綺麗だし、大好き!!」

「知ってる」

「乱太郎、僕はぁ?!」


やれやれ何とも騒がしい三人である。放課の学園はそれなりに騒がしいとはいえ、流石に六年生がわいわいやっていると目立つし人目を引きやすい。
まだまだ暑い季節であるから乱太郎は部屋の障子戸を開け放していたし、中でのやり取りは外に筒抜け状態であった。


「なーにを騒いでいるんだお前達は」


そんな中、未だに「乱太郎、僕の事は好き?!」「うん、大好き!」「良かったぁ!!」なんてやっている部屋を、修理途中の道具を小脇に抱えた留三郎が覗き込んできた。
その後には長次、小平太、文次郎の姿もある。


「なにが?」


乱太郎が小首を傾げると、文次郎が「外まで筒抜けだぞ」と為息を吐いた。
部屋の中ではいつの間に飛び込んだのか、伊作が手にしていた紙を小平太が引っ手繰って読んでいる。


「面白い」


あはは、と笑う小平太の声にそれが気になったのか、ぞろぞろと集まってきた同級生達もそれに目を通し始める。
乱太郎の愚痴に乗っかっただけだった仙蔵までその紙を覗き込み、そして一様に薄く笑みを浮かべると


「まぁなぁ、六年生にしちゃ幼い容姿してるしな」

「喋り方もそんな変わってないよな!」

「何より六年生にしては少し知識が足りない。いや、すぐ忘れるな」

「小平太も馬鹿だけど、種類が違うよなぁ」

「わたしは馬鹿じゃないぞ!」

「お前、教科担当の教師に散々迷惑かけたの忘れたのか」

「いさっくんだってボロボロだった!」

「伊作のは主に不運のせいだろ」

「そうだよ!」


そんなやり取りを始めてしまった。
これにいよいよ頬を膨らまして拗ね始めるのは乱太郎だ。
「そんなことないよ」とまではいかなくても、少しくらい何か褒めてくれても良いんじゃないの?!そんな気持ちである。
確かに自分は六年生の中で一番身長が低く、体格も良くない。容姿だって端整ではないし、二枚目でも男前でもない。勉強に至ってはよく六年生になれましたね、というくらい色んな事をすぐ忘れるし、ドジをしたりヘマをしたりは日常茶飯事だ。
でもそんな事自分で分かっているからこそ、誰かに何か一つでも「ここが良い所だよ」と言ってもらえたら嬉しいし自信になるではないか。
若干涙目になりながら拗ねてブツブツ文句を言っていると、ポン、と肩を叩かれた。
それに顔を上げると、長次が例の紙を持って傍らに胡坐をかいている。


「……乱太郎は優しくて努力家だ。それは美点だぞ」

「ちーちゃん」


普段無口なこの同級生は、中々誰かを言葉で褒めたりしない。
まだまだ幼い下級生になら兎も角、中級や上級生相手にもなればそれは顕著に現れていた。
そんな彼が小さな声ではあるが確かに自分を認める発言をしてくれたのだ。
乱太郎の表情は一気に崩れ、にぱぁ!と笑顔を浮かべると隣で胡坐をかくその人に飛びついた。


「ちーちゃあん!!好き!」


ぐりぐりと顔を擦り付けてくる乱太郎に、普段は殆ど崩れる事のない長次の表情が幾分か柔らかくなる。


「それに乱太郎は可愛い」


自分の胸に顔を埋めてキャッキャと笑っていた乱太郎の赤い髪の頭をワシワシ掻き混ぜながら言うと、益々乱太郎の顔は崩れてふにゃふにゃになる。そして力いっぱい長次を抱きしめて


「大好き!結婚して!!」


と叫んだ。


『?!』


これに物凄い反応を見せたのは、向こうでわやわやと言い合いを続けていた同級生達だ。


「物凄く聞き捨てならない言葉を聞いたような気がするが」

「ま、待って!駄目だよ乱太郎!!」

「乱太郎!長次の嫁になるより私の所へ来た方が楽しいぞ!」


仙蔵は眉間に深い皺を刻み、伊作はオロオロとし、小平太は胸を張り、文次郎と留三郎は動きを止めて固まっている。
乱太郎はそんな同級生をジロリと見据えて、次の瞬間ぷーいとそっぽを向いてしまった。
長次の胸にぎゅうと腕を回し、腰に足まで巻き付けて完全に幼子か妖怪のようである。
こういう事をするから六年生にしては阿呆だと言われてしまうのだが、乱太郎は気付いていないし、同級生達もそこに突っ込む気は無いようだった。


「らんたろぉ!」


完全に臍を曲げてこちらを見てくれなくなってしまった乱太郎に、伊作は情けない声を上げて呼びかける。しかし乱太郎は頬を膨らませてそっぽを向いたまま、益々長次にひしと抱き着くだけだった。
そんな乱太郎の背中を長次は優しい手付きで摩る、そして抱き着いているその子に見えないように


『ピースすんなぁ!!!』


同級生達にピースサインをして見せた。中在家長次の茶目っ気である。
さてさて、阿呆だ何だと言われている猪名寺乱太郎であるが、この同級生達を見れば察しは充分つくであろう。
阿呆の子ほど可愛いのか、乱太郎だから可愛いのか、兎にも角にも溺愛されているのには間違いないのであった。


六年は組、猪名寺乱太郎。
保健委員会の不運副委員長、伊作程ではないが薬の知識は豊富。
委員長と張る不運で、優しすぎるゆえ忍者に向いていないと良く言われる男。
何にでも首を突っ込む巻き込み型であり阿呆なのには間違いないが、努力家で向上心強し。
その容姿はとても愛らしく、今後美しく成長するであろう期待大。
特筆事項として、「同級生に溺愛されている存在である」と記しておく。


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