「暇だなぁ」


委員会無し、課題無し、任務無し、お使いその他諸々全て無し、の時間を持て余した小平太は一人ぽっくりぽっくりと廊下を歩いていた。
同室である長次は委員会の当番のため図書室へ行ってしまっているし、他の六年生も何かと用事があるらしく姿が見えない。


「そうだ、乱太郎は何も無いと言っていたな」


今朝、朝食を摂りながらそんな話をしたのを思い出し、それなら乱太郎の部屋へ行ってみるかとくるりと方向を変える。
相変わらずぽっくりぽっくりとややゆっくりめな歩調は変わらないが、それでも目的が出来たことにより先程までより足取りは軽かった。


「医務室当番は伊作だって言ってたし、部屋にいると思うんだ、が」


ほたほたと廊下を歩き続け視界の隅に乱太郎の部屋が見えてきたとき、小平太は何やらそこから楽しそうな声が漏れているのに気が付いた。
とはいえ、部屋の戸から離れた所にいる自分にまで聞こえて来ているのだから、近づけばそれなりの声量だというのは間違いないだろう。
一体何だろう?と首を傾げ、乱太郎に気付かれないように、と、こっそりこっそり戸に近づいていく。
すると乱太郎の部屋の戸はピシリとは閉められておらず、中をこっそりと覗くことが出来るほどの隙間が空いていた。
これ幸いと小平太が悪戯心もそのままに中を覗き込むと、部屋の住人はこちらに背を向けて何かの作業中のようだった。
おまけに何やら調子っぱずれの鼻歌を口ずさんでいる。
聞いたことのないその調子からするに、乱太郎の口から出るがままの自作の曲なのだろうが、それよりも小平太が気になったのはその内容、というか口ずさんでいる言葉だった。


『にゃにゃにゃにゃ~にゃ♪にゃにゃ~にゃにゃ~ん♪』


にゃあにゃあと、まるで猫のようにただそれだけを楽しそうに口ずさんでいたのだ。
乱太郎が何をしているのかはここから窺い知ることは出来ないが、その鼻歌の調子と妙にウキウキとして見える背中から、何やら機嫌が良いことだけは良く分かる。
自分がこうしてこっそり覗いていることに気付かないまま、今も乱太郎はにゃあにゃあと楽しそうな声で歌い続けていた。


『にゃ~にゃにゃにゃん♪にゃにゃにゃ~にゃ♪』

「ぷぷっ」


しかしあまりに楽しそうに歌う乱太郎に、小平太は堪え切れずに噴出してしまった。
可愛いものを見つけた時のあの感じと、背中だけで分かる機嫌の良さに込み上げる笑いを抑えておくことが出来なかったのだ。
やべっ、と咄嗟に口を掌で覆うが、乱太郎にはしっかり噴出した自分の笑い声が聞こえていたらしい。
一瞬ビクッと背中を揺らすと、きゅうと背中を小さくして固まってしまった。
そんな乱太郎の様子に、これは隠れていても仕方ないと開き直り、僅かに開いている戸に指をかけると一気に全開した。


「楽しそうだな」


そうして「にしし」と笑いながら背中に向かって声をかけるが、乱太郎は小さく固まったまま動かない。
それどころかこちらを振り向くことさえしてくれない乱太郎に、怒らせたか?と少し焦った小平太だったが、視線がある一点に止まった時、今度はどうしようもなく胸がむずむずするのを押さえ切れずに万面の笑みを零した。
きゅう、と固まった乱太郎の小さな頭、ふわふわの髪がちょこりと結ばれたそこに、真っ赤に染まった耳があるのを発見したのだ。


「可愛らしい歌だったぞ!」


愛らしいその様子に、込み上げる胸のむずむずを笑みに変えてワシワシと小さな頭を撫でながら言うと、固まってしまっていた乱太郎は一瞬項垂れるように頭を下げる。
そして今度は首まで真っ赤に染めると


「にゃ、にゃあ」


と小さく、鳴いた。


「?!」


思いもしなかった乱太郎の鳴き声に、今度はギシリと小平太が固まる。
そうして固まっていると、ゆっくりゆっくり、こちらを伺うようにして乱太郎は振り向き


「え、へへ。恥ずかしい」


と、真っ赤な耳に負けないくらい顔を赤に染めて、困ったように眉を下げながら笑った。


「!!////////」


これにはもう小平太まで顔を真っ赤にするしかない。
にゃあと照れ隠しで鳴いた声、真っ赤になって困ったように下がった眉、どれを取ったって可愛くて可愛くて仕方がないではないか。


「聞かれてると思わなくて、えと、皆には内緒ね」


その上、しぃ、と人差し指を唇にあてて、こてんと首を傾げる。
瞬間、小平太は自分の心臓がドッカン!と盛大な音を立てるのを聞いた。
これが自分と同じ十五歳、六年生の仕草だろうか?
子供っぽいというか幼すぎるというか、そもそも男がして可愛いと思える仕草では決してないはずなのに、そんな乱太郎に小平太の心の平穏は千々に乱される。


「分、かった」


ようようそれだけ答えると、ドッカンドッカンいっている胸元を一撫でして深く息を吐いた。
乱太郎の可愛さを真正面から諸に受け止めてしまって、今の今まで息が出来ていなかったのだ。


「えへへ」


ゼェ、と酸素を吸い込んでいる小平太に気付くことなく「良かった」と、未だ赤くなったままの頬を押さえて照れくさそうに笑っている乱太郎。
そんな仕草さえどうしようもなく可愛いと思ってしまうのだから、もう自分はどうにかなってしまっているのかもしれない。


「まいったなぁ」

「???」


ぽりぽりと熱い頬を掻きながら、小平太は照れ隠しに乱太郎に向かい、大袈裟にニカッと笑ってみせる。
笑みを受けた乱太郎も何だか良く分からないが同じように笑うと、お互い赤くなった顔を隠すように其々視線を天井へと向けた。そのまま暫く無言で視線を彷徨わせていると


「・・・・・・何この空気」


『?!』


何時の間にやって来ていたのか、伊作の何とも不機嫌な声がかけられた。
突然掛けられた一言に飛び上がらんばかりに驚いた二人は、揃って


『何でもない!!』


と声をあげたが、それが余計に伊作の米神をヒクつかせる事になったらしい。


「二人で顔真っ赤にして何でもないなんて、説得力が無さ過ぎるよ!ちょっと小平太!抜け駆け禁止だって忘れてないだろうね?!」


という大声を上げさせることになってしまい、結果どこから沸いてきたのか、他の六年生を集合させるという何とも七面倒臭い状況を作ってしまったのだった。





照れ隠し対照れ隠し。
いけどんな小平太も好きだけど、こういうちょっとした事でどうしようもなく動揺してしまう小平太さんも好きでござんす。ござんす。


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