※独立時間軸、病み病みぶっ壊れ鉢屋。
「まだ痛みます?」
四日前、猪名寺乱太郎は背中に大きな刀傷を負った。
右肩から左腰に掛けて、一筋の赤い橋が長く痛々しく走る。
それは今、乱太郎の剥き出しの背中に指を這わせている鉢屋三郎によって付けられたものだった。
「……少し」
「傷、見せて下さい」
昨晩、三郎が手ずから巻いた包帯をスルスルと解いていくと、そこには数時間前に見たままの傷が生々しい色をしてそこに存在している。
「あぁ、やっぱり」
流石にまだ完全には塞がりきっていない傷口から、じわりと新たな血液がにじみ出てきている。
新しい包帯を手に取ると、清潔な布で滲む血液を拭った。
「綺麗な背中。に、この傷。目立ちますね」
「……忍だもの、傷なんてこれからも沢山増えていくよ」
「俺がつけたこの傷がきっと一番目立つ跡になりますよ」
これが、三郎が乱太郎の背中に切りかかった理由だった。
何時もと同じ、自由に森の中を走り抜ける自分の前に突然この乱太郎という人が現れた。
早朝からもう随分と長い時間森の中にいる自分を心配して来てくれたのだ。
そしてその人が差し出した時、その腕に走る傷を見てしまった。
「その傷、どうしたんです?」
そう尋ねた自分に、この人は笑いながら
「これ?忍具の実習中にね、文さんと組み手をしてた時についたんだ。何時もなら上手く避けられるんだけど、泥濘で足を滑らせちゃって」
と言い、傷を撫でた。
「潮江先輩、ですか」
「そう。でもこんなのは忍具や武器の実習では日常茶飯事だから」
「乱ちゃん先輩が傷をつくっている所なんて、見た事ありませんけど?」
「えー?下級生の頃はしょっちゅう傷つくってたよ。今はほら、避けるのが上手いから少なくなっただけ」
「・・・・・・」
そう笑って言いながら、尚もその傷を撫でる乱太郎の表情がどこか愛しいものに頬笑みかけているように見えて、三郎の心に知らずザワリと良くないものが波立っていく。
「その傷、残ります?」
「うん?そうだなぁ。これくらいの傷じゃあすぐ消えてしまうかな。跡にはならないと思うよ」
『すぐ消えてしまう』
その一言は、乱太郎にとってみれば何の含みもない言葉だった筈だ。
しかし、その一言が三郎の心に生まれた『良くないもの』を成長させるには充分過ぎた。
「消えない傷は、あるんですか」
段々と温度が消えていく己の声に、三郎は何処か遠い世界にでも放り出されてしまったような感覚を覚える。
自分であって自分ではない、体は確かにここに存在している筈なのに、魂や心だけがどこか遠い所に置き去りにされてしまったようだった。
「そりゃあるよー。私だって常に逃げ切れる訳でも避けられる訳でもないもの。六年生にもなれば誰にだって消えない傷跡の一つや二つはあるものなんじゃないかな」
笑う。笑う乱太郎と自分の距離がほんの少しずつ離れていく。
「それは、人によって付けられたものですか」
完全に乱太郎の背中を追う形になった三郎に、乱太郎の優しい声は絶えず降り注ぐ。
「私の傷の事?うーん、細かいのまで入れると全部が全部そうとは言えないけど。鍛錬中に自分でつけてしまったり、自然災害に負けてついてしまう事もあるからね。まぁやっぱり大半は誰かによって付けられたものかな。でもあまり人には言えないよねぇ、負けたというか、そういうものの証だもの」
「――あか、し」
「そう。良い意味でも悪い意味でもね」
カチリと、指先に触れた忍刀がやけに冷たく固かった。
「己から見えても、見えなくてもですか?」
「自分から見えなくても同じ事だよ。誰かに見られるたびにそこにあるものを再確認させられるんだから。そういう意味では自分では見えない傷の方が重みがあるかもしれないね」
その言葉に、三郎の指は躊躇なく柄へと回される。
一瞬の後。
抜刀されたその音と気配に、乱太郎が反応するのがほんの僅か遅かった。
三郎が普段から飄々としていて、特に気配を薄く延ばすことを得意としていた事、何より乱太郎が学園内の森の中、気を許している相手だからと注意を怠っていたのが最大の原因と言っていいだろう。
突然背中に走った熱さと、張り詰めた空気の中に走る刀の光。
乱太郎は瞳を大きく開くと思わず湿った地面に膝をついた。
痛みというよりは熱さでどうにかなりそうな背中に顔を歪め、それでも刀を握り締めたまま動かない三郎の方へと無理やり体を捻る。
振り下ろされた刃は鈍色を宿し、そこに森の緑が写りこんで光っていた。
その切っ先から対照的に真っ赤な雫が滴り落ち、それが確かにこの人物が自分を傷つけたのだと証明している。
「さ、ぶろ……く、ん?」
ギュウと握り締めた拳、その中にある刀に視線を止めて乱太郎は彼の名前を呼んだ。
刹那、三郎の瞳に笑みに似た何かが宿る。
「証、ですよ」
ニヤリ、と、目を細めた彼から言葉が零れ落ちる。
(重いでしょ?)
ギラギラ光る瞳の奥にそんな言葉が見えた気がして、乱太郎は逃げていく血液とは違う寒気を感じて唇を噛んだのだった。
毎度お馴染み尻切れ。
前に次屋君のお話を書いている時に「好きな人に傷かぁ、これは病み病みでおk」と思っていたのでつい。
こんなことしたら三郎、学園に居られなくなるんじゃねーの?とか、乱太郎さんだっていくら何でも気付くだろう、とかあるんですが、まぁ、うん。
書きたいとこだけ書いたら満足しちゃいました。
乱太郎本人から見えない所に、消えない、しかもデッカイ傷跡を残して、乱太郎の背中でもって自己主張。
(ほらほら!これ俺がつけたの!俺がつけたんだよこの傷!!鉢屋三郎だよ!!)
嫌ですねぇ……。
「まだ痛みます?」
四日前、猪名寺乱太郎は背中に大きな刀傷を負った。
右肩から左腰に掛けて、一筋の赤い橋が長く痛々しく走る。
それは今、乱太郎の剥き出しの背中に指を這わせている鉢屋三郎によって付けられたものだった。
「……少し」
「傷、見せて下さい」
昨晩、三郎が手ずから巻いた包帯をスルスルと解いていくと、そこには数時間前に見たままの傷が生々しい色をしてそこに存在している。
「あぁ、やっぱり」
流石にまだ完全には塞がりきっていない傷口から、じわりと新たな血液がにじみ出てきている。
新しい包帯を手に取ると、清潔な布で滲む血液を拭った。
「綺麗な背中。に、この傷。目立ちますね」
「……忍だもの、傷なんてこれからも沢山増えていくよ」
「俺がつけたこの傷がきっと一番目立つ跡になりますよ」
これが、三郎が乱太郎の背中に切りかかった理由だった。
何時もと同じ、自由に森の中を走り抜ける自分の前に突然この乱太郎という人が現れた。
早朝からもう随分と長い時間森の中にいる自分を心配して来てくれたのだ。
そしてその人が差し出した時、その腕に走る傷を見てしまった。
「その傷、どうしたんです?」
そう尋ねた自分に、この人は笑いながら
「これ?忍具の実習中にね、文さんと組み手をしてた時についたんだ。何時もなら上手く避けられるんだけど、泥濘で足を滑らせちゃって」
と言い、傷を撫でた。
「潮江先輩、ですか」
「そう。でもこんなのは忍具や武器の実習では日常茶飯事だから」
「乱ちゃん先輩が傷をつくっている所なんて、見た事ありませんけど?」
「えー?下級生の頃はしょっちゅう傷つくってたよ。今はほら、避けるのが上手いから少なくなっただけ」
「・・・・・・」
そう笑って言いながら、尚もその傷を撫でる乱太郎の表情がどこか愛しいものに頬笑みかけているように見えて、三郎の心に知らずザワリと良くないものが波立っていく。
「その傷、残ります?」
「うん?そうだなぁ。これくらいの傷じゃあすぐ消えてしまうかな。跡にはならないと思うよ」
『すぐ消えてしまう』
その一言は、乱太郎にとってみれば何の含みもない言葉だった筈だ。
しかし、その一言が三郎の心に生まれた『良くないもの』を成長させるには充分過ぎた。
「消えない傷は、あるんですか」
段々と温度が消えていく己の声に、三郎は何処か遠い世界にでも放り出されてしまったような感覚を覚える。
自分であって自分ではない、体は確かにここに存在している筈なのに、魂や心だけがどこか遠い所に置き去りにされてしまったようだった。
「そりゃあるよー。私だって常に逃げ切れる訳でも避けられる訳でもないもの。六年生にもなれば誰にだって消えない傷跡の一つや二つはあるものなんじゃないかな」
笑う。笑う乱太郎と自分の距離がほんの少しずつ離れていく。
「それは、人によって付けられたものですか」
完全に乱太郎の背中を追う形になった三郎に、乱太郎の優しい声は絶えず降り注ぐ。
「私の傷の事?うーん、細かいのまで入れると全部が全部そうとは言えないけど。鍛錬中に自分でつけてしまったり、自然災害に負けてついてしまう事もあるからね。まぁやっぱり大半は誰かによって付けられたものかな。でもあまり人には言えないよねぇ、負けたというか、そういうものの証だもの」
「――あか、し」
「そう。良い意味でも悪い意味でもね」
カチリと、指先に触れた忍刀がやけに冷たく固かった。
「己から見えても、見えなくてもですか?」
「自分から見えなくても同じ事だよ。誰かに見られるたびにそこにあるものを再確認させられるんだから。そういう意味では自分では見えない傷の方が重みがあるかもしれないね」
その言葉に、三郎の指は躊躇なく柄へと回される。
一瞬の後。
抜刀されたその音と気配に、乱太郎が反応するのがほんの僅か遅かった。
三郎が普段から飄々としていて、特に気配を薄く延ばすことを得意としていた事、何より乱太郎が学園内の森の中、気を許している相手だからと注意を怠っていたのが最大の原因と言っていいだろう。
突然背中に走った熱さと、張り詰めた空気の中に走る刀の光。
乱太郎は瞳を大きく開くと思わず湿った地面に膝をついた。
痛みというよりは熱さでどうにかなりそうな背中に顔を歪め、それでも刀を握り締めたまま動かない三郎の方へと無理やり体を捻る。
振り下ろされた刃は鈍色を宿し、そこに森の緑が写りこんで光っていた。
その切っ先から対照的に真っ赤な雫が滴り落ち、それが確かにこの人物が自分を傷つけたのだと証明している。
「さ、ぶろ……く、ん?」
ギュウと握り締めた拳、その中にある刀に視線を止めて乱太郎は彼の名前を呼んだ。
刹那、三郎の瞳に笑みに似た何かが宿る。
「証、ですよ」
ニヤリ、と、目を細めた彼から言葉が零れ落ちる。
(重いでしょ?)
ギラギラ光る瞳の奥にそんな言葉が見えた気がして、乱太郎は逃げていく血液とは違う寒気を感じて唇を噛んだのだった。
毎度お馴染み尻切れ。
前に次屋君のお話を書いている時に「好きな人に傷かぁ、これは病み病みでおk」と思っていたのでつい。
こんなことしたら三郎、学園に居られなくなるんじゃねーの?とか、乱太郎さんだっていくら何でも気付くだろう、とかあるんですが、まぁ、うん。
書きたいとこだけ書いたら満足しちゃいました。
乱太郎本人から見えない所に、消えない、しかもデッカイ傷跡を残して、乱太郎の背中でもって自己主張。
(ほらほら!これ俺がつけたの!俺がつけたんだよこの傷!!鉢屋三郎だよ!!)
嫌ですねぇ……。
スポンサードリンク