※死ネタです。苦手な方は閲覧をお控え下さい。



「ハミルト!ハミルトぉ!!」

「メルディ、よせ、やめるんだ!!」

「嫌っ!メルディ約束したな!ハミルトとまたここで会うって!アイメンが街でまた会うって!すぐ帰って来るって、約束・・・・・・!!」

「メル、」

「ハミルトぉ!!!」


崩壊したアイメン。
ここに帰ってくるから、すぐ帰ってくるから、だから、またここで会おうって。
そう約束した人は・・・・・・。


―――もう、居ない。


「許せねぇ、こんなの・・・・・・」

「メルディは?」

「大丈夫だから一人にしてって、相当無理してる」

「ハミルトはメルディの特別だったからなぁ」


破損が酷い自宅から被害が少ない家を見つけ避難し、何とかそこを片付けて腰を下ろしたサグラがポツリと呟いた。


「特別って?」


拳を握りしめるリッドと、メルディが一人でいるのであろう部屋を見つめるキール、そんな彼女の様子を見に行っていたファラが彼の方へと視線を移した。
サグラの膝には、泣きはらして疲れ眠りに落ちていったボンズがしっかりとしがみついていた。


「ハミルトはな、ガレノスがメルディをアイメンに連れてきた時からずーっと一緒だったんだ。
感情も何もなくしちまったメルディを付きっきりで看病して励まして、ここを離れてインフェリアに行くっていうその日まで一緒だった。
人が変わったようになっちまったメルディを、笑えるようになるまで回復させたのは凄ぇと思ったよ。
だからだろうな、メルディはハミルトの事を特別だって言ってた。
まぁハミルトもまたメルディの事が特別だったんだろうな、不器用で無愛想な奴なのにメルディの事となると人が変わったように一生懸命で、メルディがインフェリアに行くって言い出したときもてっきり止めるだろうと思ってたのに『メルディが決めた事だから』なんて言ってよ。
それに約束をしたから大丈夫だって笑っててな」

「約束?」

「あぁ、メルディの用事が全て済んで、落ち着いたら所帯を持とうって」

「それ―」

「それくらいの仲だったってこった。でもアイメンじゃ『それが自然なんじゃないか』なんて言葉もあってな」

「そう、だったんですか」

「それなのによ。折角メルディが帰ってきたっていうのに」


そう言ったきり、サグラは涙を堪えるのに必死になり口をつぐんでしまった。


「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

「だからメルディ、あんなに必死になって」


崩壊したアイメンを走り回り、力無く倒れているハミルトの姿を見つけるなり縋り付くように彼の体を掻き抱いていたメルディ。
呼び掛けに返事がないと知るや、彼女の顔色がみるみる変わって行くのがハッキリと分かった。
聞いたこともない声で、見たこともない瞳で彼の名前を呼び続ける姿を見ていられなくて、これ以上返答のない呼び掛けを続けさせるのは堪えられなくて、嫌がる彼女を無理矢理彼の亡骸から引き離した。
それでも尚『ハミルト』と彼の名前を呼びつづけるメルディに、リッド達はかける言葉もなくただ彼女の体を押さえ、落ち着かせることしか出来なかったのである。


「すまねぇ・・・・・・」


ようやく涙を押さえ込む事が出来た、とサグラが笑う。
しかしサグラも身内を一瞬で亡くしてしまったのだ、泣くななどと誰が言うであろう。
最愛の妻を亡くしてしまったというのに気丈に振る舞ってくれているこの優しい人に何と言えば良いのか、若い三人には検討も着かなかった。


「メルディもな、今は取り乱して泣きじゃくっているが、すぐに立ち上がってくる」

「でも、そんなに大切な人を亡くしてしまったのだから・・・・・・」

「いいや、メルディはすぐに立ち上がる。そういう娘だ。それに、メルディにはやり遂げなくちゃならん事があるんだろう」

「それは、」

「メルディはそれが分かっている子だ。やらなければならない事からは決して逃げない。そうしなければいけないんだということを良く分かってる。いや、思い知っているんだろう」

「え?」

「いや、何でもない」


そう言ったきり再び口をつぐんでしまったサグラは、メルディのいる部屋を無言で見詰めていた。
リッド達はそんな彼を真似て、ただただ同じように部屋のドアを見つめることしか出来ないのだった。



――――ハミルト



明かりもない暗い部屋のなかで、メルディはただ窓の外を眺めていた。

どうしてこんな事になったのだろう。
どうして街の人が犠牲にならなければいけなかったのだろう。
どうしてハミルトが。


「ハミルト・・・・・・」


人はこんなにも涙が流せるものなのか、メルディはそう思わずにはいられなかった。
彼の事を思う度、彼の名前を呼ぶ度に涙が溢れて止まらない。
もう随分泣いているはずなのに、一向に涙が枯れる気配はなかった。
心配して様子を見に来てくれたファラに「少し休んだ方がいい」と言われたが、瞼を閉じると彼の姿が浮かび、こうしてただ呆けているような状態でさえも彼の声や仕草が浮かんで休まらない。
眠りに落ちて、そのまま彼の元へ行けたならどんなに良いだろう。
でも自分にはやらなくてはいけない事がある。
成し遂げなければならない事、それが終わるまでは彼の元へ行くことなど許されはしないのだ。
彼が居ないのならこんな世界・・・・・・いっその事そんな風に思えたならどんなに楽だろうか。


「うっ―」


そんな事を考えると、また涙が大粒になって零れてくる。
この世界で1番大切だった人、初めて愛していると言わせてくれた、最愛の人がこんな形でいなくなってしまうなんて。
涙を流しすぎた眼はもう感覚がなくなっていた。
これ以上泣いたら溶けて無くなってしまうのかもしれない。


「ハミルト」


何度呼んでも返事はない、分かっていても彼の名前を呼ばずにはいられなかった。
こうして彼の名前を呼んでいれば少しでも救われるような気さえした。
だって信じることが出来ない。
彼がもうどこにも居ないこと、優しい声で名前を呼んでくれないこと、強い腕で抱きしめてくれないこと、大事そうに見詰めてくれないこと、暖かい唇で触れてくれないこと。
キツく抱きしめさせてくれないこと、拙いながらも料理を振る舞わせてくれないこと、好きだといった時の照れた顔が見られないこと。
全部全部、信じることが出来ない。


「どしてか、」


闇のフィブリルに怯え、両親が引き起こそうとしている恐ろしい陰謀を背負い、この上まだ自分に失うものがあったなんて。
起こりうる全ての事は自己の責任だなんて、理不尽すぎる。
こうなればいつだか父が言っていた『神』とやらに縋り付きたい気分だったが、現状を考えるかぎりどうやら神も居ないらしい。


「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」


流れる涙もそのままに、メルディはフと思い立ちフラフラと歩き出した。
壊れかけのドアを出ると、自分を心配してくれていたのであろう、サグラと仲間達が一緒になって寝息をたてている。
気づけば時刻は深夜を過ぎ、どうやら自分は随分長いこと部屋の中で物思いに耽っていたらしいと知った。


「皆、ごめんな。ありがと」


起こさないように注意を払って、そうっと家を出るとハミルトが倒れていた場所まで駆けていく。
そこここに破壊の跡が残り、あちこちに血の跡が見えた。
唇を噛みながら目的の場所まで辿り着くと、そこにペタンと膝をついた。
ハミルトの最後の場所、戦おうとしたのだろうか、両手には武器を持っていた。


「――うっ」


彼と同じようにそこに横になると、彼の最後の声を聞こうと僅かに残った彼の血の跡に頬を寄せる。
涙でいっぱいの瞳で、それでも彼が遺したものがないかと神経を研ぎ澄ませる。


「あ、れ」


彼が倒れていた場所からほんの少し離れた所、そこに見覚えのある紙切れがある。
それは何時も彼が持ち歩いていたもの。
武器職人の卵として、師匠であるサグラのアドバイスを忘れないようにメモを取るためだと言っていたそれ。
そのメモ用紙が一枚、不自然な形に折られて落ちていた。
明らかに誰か人の手で折られたそれは、何かが書かれているのが透けて見えている。


「っ―」


彼が遺したものならば、メモ書きだって構わない。
メルディはそんな気持ちでメモ用紙まで走ると、震える手でそれを拾い上げた。
一度胸に抱きしめ、恐る恐るそれを開く。


「!!」


一瞬見開かれた瞳、しかしそれはすぐに涙で溢れかえった。
優しい見覚えのある彼の字、見詰めていたいのに、溢れる涙で何も見えない。


「ハミルトぉ」


それは彼が彼女に宛てた最後の手紙だった。
自分の命が燃え尽きるその間際、彼は最後の力で彼女に何かを残してくれようとしたのだ。
震える文字、用紙を汚す所々についた血液、苦しかったろうに、痛かったろうに、彼は最後まで自分のことを気にかけてくれていたのだ。


「ハミルト」


言葉も見つからない。
彼の優しさが嬉しくて、恋しくて、悲しくて、切なくて。
やっぱり彼の事が大好きで、愛しくて、ここに居ないことが悲しくて、切なくて、苦しくて。


「メルディもハミルトがこと愛してるよ」


やっとそれだけ言葉にして、今まで以上に声を上げて泣いた。
今夜だけだから、ここで泣きはらしたらまた頑張るから、今だけは許して欲しいと思いながら。



――『泣くなメルディ、愛しているよ』――



それが、彼が残してくれたかけがえのない言葉。



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