※オリキャラが出ます。苦手な方は閲覧をお控え下さい。
最近のキールは何だかおかしいらしい。
イライラしてみたり、かと思えば実にしまりのないゆるい顔をしてみたり。
これは同室の研究員達の談であるが、彼等にもいまいち原因が掴めず対応に困っているらしい。
「キール?早くしないと遅れるよ」
真向かいに座る人の朝食をとる手が止まっているのを見て、メルディが声をかけると、ハッと覚醒したのか彼の瞼が2、3回瞬かれた。
「キール最近変だよー。ボーッとしてる事多いし、昨日もラグナが心配してたな」
「ラグナ?」
彼女の口から男性の名前が発せられると、途端にキールの眉間に深いシワが刻まれる。
不快感を隠そうともせず、明らかに不機嫌な表情だ。
「はいな。それにジズも言ってたな、最近キールが様子は変だって」
「ちょっと待て」
「ふぇ?」
メルディが言葉を続けようとするのを掌で制止すると、先程よりも不機嫌な顔で彼女に詰め寄った。
「ジズって誰だ。男か?」
名前から察するに男性だと思われるが、キールはあえてそこを確認するような質問をする。
「はいな。昨日、キールとお昼食べた後帰ろうとしたら廊下で声かけられたよ。キール、ジズがコト知らないか?」
知らない。そんな男居ただろうか?
少なくとも、同じ研究室にそんな名前の男はいない。
「知らない」
まあいい、今はジズがどの研究室にいるかよりも、その男がメルディに声をかけていたということの方が重要だ。
「メルディ、お前もう少し気をつけろよ」
突然そんなことを言われたメルディは、大きな瞳で自分を見詰め返している。
言葉にはしていないが、何故?という声が聞こえてきそうだ。
「知らない奴に声をかけられて、疑うこともなく会話をするなんてどうかしてる」
不快感も現に一言だけ言うと、後はムスッとしたまま朝食を再開し始めてしまう。
分からないのはメルディで、元々人懐っこく誰とでもすぐ仲良くなる自分を、今までの彼は『自分もそうありたい』と言っていくれていたのに、何故今になってそんな風に言われるのか皆目見当もつかなかった。
(やっぱりキール変だな)
不快にこそならなかったが、やはり彼の様子がおかしいのは間違いないと、メルディは首をかしげて思ったのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
研究室に入るなり、キールは乱暴に資料を机に放り投げた。
投げ出された資料は既にそこで山になっていた大量の書類を床に散らかす結果になったが、無数の書類を散乱させた本人はそれを全く気にもとめずに椅子にドカッと腰掛けてしまう。
今、彼が超絶不機嫌なのは誰が見ても明らかだ。
しかし散らかされた資料をそのままにしておく訳にもいかず、遠巻きに目を真ん丸にしてキールの動向を見守っていたラグナが床に散らばった書類を拾い集めながら
「えらくご機嫌斜めだな、キール」
と声をかけた。
するとそれまでただ黙って座っていたキールが、ギギギ…と音がしそうな程ゆっくりとラグナの方に首ごと視線を向ける。
「うぉっっ!!」
思わず叫んでしまった。
不機嫌だなーとは思ったが、今の彼はそれだけでは片付けられないほどに据わった眼をしていたのだ。
不眠や疲れで出るクマとは明らかに違う陰を目の下に作り、飢えた獣みたいな眼光でこちらを睨み付けてくる。
「怖いんですけど・・・」
視線だけで殺されてしまいそうな気がして、ラグナは『止めて』の意も込めて感想など漏らしてみる。
「ジズって誰だ」
すると、毒々しい目元はそのままに、意外な人物の名前をあげてきた。
「じ、ジズ?天文学研究室の?」
セレスティアとインフェリアが2つの世界に別たれた時、今まで見たことが無かった『空の向こう』というものが出来た。
それを研究しているのが天文学研究室だ。
「つーか、知らなかったの?ジズんトコの研究室は俺達とも無関係じゃないのに」
今キール達の研究室が行っているのは、別れた世界が、今自然環境にどのような影響を受けているかを調べるものだった。
これまでの研究の結果、それには新たに現れた天体というものが多いに関わっている様なので、少し前からジズの研究室とキールの研究室は関わりがあったのだ。
「研究結果にしか興味なかったから、人の名前まで覚えて無かったのよきっと」
それまでただ黙って見ているしか出来なかったマリーンが、やっと口を挟める状況だと判断したのかラグナの疑問に代わりに答えた。
「興味ないものはとことん無関心なんだから」
「じゃ、じゃあなんで今日突然ジズの名前が出てくるんだよ。しかもこんな怖ぇ顔で!!」
――ギロリ
「なんか俺も無関係じゃないって気ぃするし!」
キールの中ではジズもラグナも同じ可愛い人の口からでた男性の名前には違いない。
しかしそんな事がラグナに伝わるはずもなく、ただ意味も分からず殺人視線に曝されている彼は、カタカタと震えて怯えるしかなかった。
「ねぇキール、何かあったの?そんな怖い顔して。ジズの事も昨日までは別になにも言ってなかったじゃない」
震えるラグナを横目にマリーンが苦笑混じりに問うと、ギラギラとラグナを睨み付けていたキールがボソリと何かを呟いた。
しかし、その声があまりに小さかったのでマリーンには聞き取れなかった。
「え?なに?」
もう1度聞かせて、と耳に手をあてると、キールは半ば叫ぶような形でこう言った。
「メルディが言ってたんだよ!ジズって奴に声かけられたって!!僕も知らない男に声をかけられてたんだ!!」
「へ?」
あまりな答えに言葉も出ない。
「え、なんだって?」
「僕が感知しない所でメルディが男に声をかけられてたんだ!アイツは人懐っこいから、すぐそうやって誰とでも話すんだ。でも僕はそれが・・・・」
「それが?」
「分からないんだ…」
「はぁ?」
そこまで言っといて、一体なにが分からないと言うのだろうか?
誰が聞いたって、子供みたいな独占欲の塊にしか聞こえないが。
「分からないんだ、なんで自分がこんなに苛々しているのか、メルディが僕以外の男と話したり一緒に居たりするのが許せないのか」
―― !? ――
一同驚愕。
どうやらキールは今回が初めての恋らしい。
しかも濃度濃いめのどっぷり型のようだ。
「キール、お前メルディちゃんが初恋なんだな」
ラグナが思わずそう言うと、先程とは一変、キールの顔があっという間に真っ赤に染まった。
「恋してる自覚はあるんでしょ?」
レッドソディにも負けない程に赤面しているキールに、マリーンは母親になってしまったような気分で尋ねた。
この頭脳明晰な少年が、初めてみせた子供っぽい一面だったからか。
「これを、そう呼ぶんだと言う事は知っていた。でも分からないんだ。…初めてだから」
呟くように小さな声で言ったキールは、今や顔だけに止まらず、耳や首筋まで赤く染めている。
「まぁね、恋してる自覚があっても初恋じゃ戸惑うでしょうね。しかも初恋がこんなにディープなんじゃ」
「ジズは初恋の嫉妬に知らない所で巻き込まれていたって事か。つーか何で俺まで!」
同室の研究員なのだから、今更何に対して嫉妬するというのか、しかも自分が一体何をしたと言うのだろう。
「やーねラグナ、今のキールはメルディの虜なの。どんな些細な事だって、メルディに関わる事なら一大事ってことなのよ。それを踏まえて、貴方この間メルディと2人きりで話してたでしょ?」
マリーンが言うと、それまで真っ赤になっていたキールの顔が一気にどす黒いオーラに包まれた。
「2人きり・・・?」
メルディから話を聞いたとき、キールはてっきり周囲に誰かがいたものだと思っていたのだ。
それが2人きりで話していたとは。
メルディ一色で埋まったキールの頭と心はもう爆発寸前だ。
恋の自覚はあれど、抑制の効かない独占欲が嫉妬の炎に変換され、今にも周りを焼き付くさんとしている。
「キールがこんなに嫉妬深いとは思わなかったぜ!」
「何言ってんの、研究に対する没頭ぶりを見てたら分かるじゃない。あれは絶対執着すると怖いタイプよ、独占欲強いわよ。初恋なら尚更制御不能よ」
呑気に言うマリーンと、キールから何とか逃げ出そうとするラグナ。
結局、キールの嫉妬による灼熱暴走はメルディが昼食を持って現れるまで続いたのだった。
その後無事にキールから逃げおおせたラグナは、昼食を持ってやってきたメルディを見つけると、たまたま近くにいた女性研究員のラナを取っ捕まえ、キョロキョロと辺りを見回してから彼女に駆け寄り
『キールの病はメルディちゃんがウザいくらいあいつを構ってやれば治るから!』
と力説し、再びキョロキョロと辺りを見回してから物凄い早さで去って行った。
残されたメルディと、突然腕を捕まれ走らされしかもその場に置き去りにされたラナは、懇願するように大声で話し、そして走り去っていったラグナの後ろ姿をただポカンとして眺めているだけだった。
「なに?今の」
「メルディにも分からないな」
「あ、はじめまして。キールさんの、彼女?」
「は、はじめまして。彼女、かどうかは分からないケド…よろしくな」
とりあえずそんな挨拶を交わしてみたのだった。
しかし、そんな事をメルディに力説しているラグナの姿をしっかりキールが見ていて、その後『余計なことを言うな!』と、しっかりC・ケージを持ち出されたのは、後々までこの研究所の語り種となったのだった。
スポンサードリンク