※メルディは言葉の意味を正しく理解する子だと思うのですが、話の都合上捉え方を変えさせて頂きました。



「メルディ、そろそろ行くよ!!」

「はいな!今行くー」


女性の支度が長いとは聞いていたが、これほどまでとは思いもしなかった。
幼馴染のファラは時間を掛けなさ過ぎると言って良いほど短時間で支度を終えるし、自分の母親もそんなに時間のかかるほうではなかったのだ。
それがどうだろう。このメルディという女の子は、今まで自分が接してきた女性の中でもダントツで時間がかかっている。
一体何にそんなに時間がかかるのかと問いただしてみれば、髪を結ったり服を奇麗に整えたりと、そんなに時間が必要なのか?と逆に聞きたくなってしまうような事ばかりだった。
まぁ自分が女性の身支度を待つなんてこと、今までそうそう無かったのだが・・・。


「遅い!一体どれだけ待たせれば気が済むんだお前は!!」


やっと出てきたメルディに向かって怒鳴りつけると、本人は「ひゃっ」と首を竦めて「ごめんな」と言った。


「メルディは女の子なんだもん。支度に時間がかかるのは仕方ないでしょ」

「そういうお前も女なんだぞ、ファラ」

「私は良いの!戦いになれば肉弾戦だし、奇麗にしててもすぐ汚れちゃうもの。でもメルディは違うの!こんなに可愛いんだから、いつでも奇麗にしてなきゃ!!」


出会った時からメルディの事を物凄く可愛がってきたファラにとって、メルディが身奇麗にしているのはもうそれは当然の事であるのだった。
それ故、彼女が支度に手間取っていても一向に気にする気配がない。
しかし最近のメルディの支度時間の長さは異様である。化粧をしている訳でもないのに1時間は当たり前。
下手すれば2時間以上経っても出てこない時もある。


「メルディ、たしかお前誰かの為に美しくありたいとか言ってたな?」


もう溜息しか出てこないキールに変わり、今度はリッドが苦言を呈そうとメルディに向かい話しかけた。


「はいな。言ったよ」

「メルディの支度の時間が長くなったのってその為なのか?」

「そだよぅ。いつもキレイでいる!これ目標な!!」


元気一杯、嬉しそうに話すメルディだったが、それを聞いたリッドは益々力が抜けて立っているのもやっとな状態にまでなってしまった。


「あのな、メルディ、綺麗になりたいって思う事は大事だぞ。誰かの為に美しくありたいっていうのも、女としちゃあ立派な心がけだ。でもな、誰かを必要以上に待たせ過ぎるとか、そういうのはダメだ。相手の事を考えて行動できるのが本当の美しい人ってやつなんだぞ」

「リッドにしては随分と良い事を言ったな」

「うるせぇ」


普段の彼からは想像もつかない様な全うな言い分に、キールは思わず感嘆の声を漏らす。
しかしそんな感想を言われた所で良い気がするはずもなく、案の定リッドは機嫌を損ねた様子でドスドスと先に歩いて行ってしまった。


「ホントウの美しい人」


忠告を受けたメルディは、それを反芻してどうにか自分のものにしようと考え込んでいる。
そして次の瞬間、パァッと明るい笑顔を浮かべると、そのまま先を歩くリッドの元へと走って行った。
小走りで彼に追いついたメルディは、ドカーン!という音でも聞こえてきそうな程のスピードでリッドに体当たりをかますと、痛がるリッドに「ごめん」と何回も謝りながらも心底嬉しそうな笑顔を浮かべて言った。


「ありがとなリッド!メルディに大切なこと教えてくれて。相手のことを考えるは大切なこと、中から美しくなれってことだな!!」

「あ、あぁ。まぁ、そういう事だ」

「・・・・・・本当は待たされるのが嫌で言ったでしょ?」

「そ、そんなことねぇよ!」


痛い所をファラに突かれて一瞬うろたえたリッドだったが、ここは美談のまま終わらせたいとシラを切り通すことに決めたようだった。
そんな騒がしくも成長の一歩とも言える光景を眺めていたキールは、これでメルディに延々待たされる事は無くなるのだという期待感に安堵の溜息を零していた。

しかし――


「あっ!おじいさん、それ重そうな、メルディが運ぶよ。どこまで行くか?」

「リッド、それくらいメルディがやるよ。リッドは休んでるがイイな!」

「転んだか?ダイジョーブ、痛くないな。痛いのなんかすぐどっか消えちゃうよ」

「それはダメな。そんなの優しさじゃないな」


あれからメルディはチョコチョコと良く動く様になった。
今までも困っている人や動物を見ると放っておけない質ではあったが、最近はそれに拍車が掛かって、細かいところまで良く気が付く気の利いた女の子になっている。
しかも何でもかんでも手当たり次第に手を貸すというわけではなく、ちゃんとその辺は見極めて、締める所は締めるという、何とも出来たお嬢さんになっていたのである。
勿論それは喜ぶべき事であって、決して疎ましく思うような変化ではない、むしろ彼女の望んだ美しさに近づいているのだから素晴らしい成長といえよう。
だがしかし、ここにそれを素直に喜べない人物がいたのである。


「最近のメルディ、なんか随分しっかりしちゃって見違えちゃうよね」

「そうだなー。ちょっと前までは手のかかる女の子って感じだったのに、最近は頼れるお嬢さんって感じだ」



「・・・・・・」



「なぁなぁ、あのメルディって子、なんか良いよなー」

「分かる分かる!気が利くし、優しいし、でもちゃんと叱るし」

「そいでもって明るくて素直で」

「なんつっても可愛いしなー!!」

「そうそう!!!」



「・・・・・・・・・・・」



あちこちから聞こえてくる彼女の評判は、一緒に旅をしている者としてはとても鼻が高いものばかりだ。
鼻持ちならないと疎ましがられるよりも、好意を持ってくれるのだからそれはとても素晴らしいことだろう。
それでも素直に喜べない、苦い思いが拭いきれない、彼女への賛辞が多ければ多いほど募る焦燥。
誰かの為に一生懸命になることは悪いことじゃない。
相手を思って助言したり、手を貸したり、そういうのは美徳だ。
感じかたは人それぞれではあるが、それは決して悪いことじゃない。
しかも彼女のそれは、決して押し付けでも考え無しでもないのだ。
相手を見て、考え方を尊重して、その上で差し延べられた掌なのだから尚更忌むべき事ではない。
それなのに、そんな彼女の成長を素直に喜べない自分が居る。


「んぁ?どうしたんだキール。眉間のシワが3割増しだぞ」


不意にかけられたリッドの言葉に、キールは膝の上に広げていた本から視線を外した。
集中して読書に励んでいたつもりなのに、それらは全くと言って良いほど頭に入っていなかった事にうんざりする。
最近いつもこうだ、自らの知識への探究心を満たす為に開いている学問書が、全く役に立たない。
そればかりか、少し前までならちっとも気にならなかったはずの事ばかりが脳内を占めてしまっていて、膝の上にある学問書が邪魔にさえ思えてくる始末だ。


「あ、ほんとだ。どしたのキール、最近そんな顔してる事多いよ」


ファラに指摘されなくても、ここ最近の自分がどんな顔をしているのかくらいは分かっていた。
しかしそれを素直に認めてしまえるほど、彼は大人では無かったのだ。


「そんな事ない。ちょっと集中力が切れているだけさ」

「んな事言って、ここんところメルディが構ってくれないから寂しいんじゃねぇのか?」

「な、何を言っているんだ!!」

「んー、確かに最近のメルディは前に比べるとキールの傍に居る事が少なくなったかもしれないけど」


薄々感じていた自分の変化だが、それを他人に指摘されるのは何だか物凄く居心地が悪いような気分になる。
しかもそれに追い討ちをかけるようなファラの言葉に、とうとうキールはポッキリと心が折れる音を聞いてしまったような気がした。


「あ、あれっ?やだキール、そんなつもりなかったんだよ」


慌てて弁解をするファラを止めて、キールは深い深い溜息を1つついた。


「分かってるんだ。ここ最近の自分がおかしいって。それにメルディが関係してるってことも」

「お、珍しく素直に認めたな。ツンデレキールが大進歩だぜ」

「リッド!からかわないの!!」

「ここ最近のメルディは凄いと思うよ、本当に良くやってると思う。街の皆の評判も当然だ。アイツは確かにその評判に値する行いをしているんだから」

「うん。私も嬉しいよ」

「でも、駄目なんだ」


そう、駄目なんだ。いや、駄目なんじゃない。
嫌なんだ。


「キールはメルディの事、大好きになっちゃったんだね」

「なっ!!!」


ニコニコと笑うファラの向こうに、笑いを堪えているリッドの姿が見えて、キールは一瞬怒りに似た感情を覚えたが、それもすぐにどこかに消えてなくなってしまった。


「ん?どしたかキール?」


そこに一仕事終えたメルディがやって来たからだ。


「なんでもない」

「そかー?」


それ以上深く追求することもなく、メルディはニコリと笑ってキールの隣に腰を下ろした。
何だか物凄く久しぶりにメルディが隣に座ったような気がして、キールの体はそわそわして落ち着かない。


「じゃあ私、お昼ご飯の支度してくるね。今日当番だし」

「何か手伝おか?」

「ん、大丈夫。すぐ出来るから待ってて」

「はいな!ファラのご飯楽しみよー」

「うふふ、ありがとメルディ」


他愛もない会話をした後、背中をグーッと伸ばして座り直すと、メルディはキールに向かいにっこりと笑んだ。
キラキラ、表すなら正にそんな感じだっただろうか。
隣にいるメルディが、前よりずっと綺麗に見えて、キールは思わず眉を寄せる。


(そんなに綺麗にならなくて良いのに)


そう思ってから、少しの間をおいてキールは顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
メルディが心配そうに覗き込んでいるのが感じ取れたが、今だけは顔を上げることなど出来やしない。
あんな事を無意識で思った自分が恥ずかしくて仕方が無かったのだ。


(僕は馬鹿だ・・・)


やはり彼女が自分以外の誰かの為に美しくなろうとするのが嫌だったのだと再確認させられてしまい、何ともいたたまれない気分だった。


「なぁメルディ」

「はいな、なぁにキール」

「あまり頑張るなよ」

「???はいな」


やっと一言、本当に言いたい事は言えないままにそれだけを告げると


(他の誰かの所になんか行くなよ。僕以外の奴の為に美しくなろうとするな)


そう心の中で呟いて、未だ「良く分からない」という顔をしているメルディに向かい、誤魔化すように「今日はここから教えてやる」なんて言葉を続けたのだった。



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