※オリキャラが出ます。苦手な方は閲覧をお控えください。



眠り姫にキスをしてから2週間。
王子様は未だに起きているお姫様にキスをする事が出来ずにいました。


眠り姫であるメルディは、キールからのキスを覚えていなかった。
まぁ、当然といえば当然である。
でも、「夢の中でキールが優しかった」「何だか凄く嬉しい事があったのに覚えていない」と少し残念そうな顔をされると、夢の中での出来事に顔を綻ばすのではなく、ちゃんと現実の思い出にしてあげたいと思う…。
…思ってはいる、のだが


(タイミングが分からん!メルディの顔を見る事すら恥ずかしいし…うぅう…////)


そうなのだ、今まで勉学に励む事しか頭になかった彼が初めて

『護りたい』

『救ってやりたい』

『好きだ』

と感じた女の子を前にして、そんなに容易く事を成すことなど到底できっこなかったのだ。
決意は何度もしたし、朝が来るたびに意気込んだ、しかし何せ素直に好意を表すことが苦手で、しかも初めて本気で惚れた相手なものだから、顔を見るだけで気持ちが高ぶり折角固めた決意もペロッと無くなってしまう。
むしろその異様なまでの意気込みが過剰な意識へと繋がっているのではないかと思われるが、今の彼にはそんな事を分析している余裕は皆無なのであった。
そして極度の緊張の中、今日は、今日こそは、そう思いつつ結局は出来ず仕舞いに研究室と家を行き来する事になっているのだ。
一緒に研究を行っているキシハという男に言われて取るたまの休日も、メルディと一緒にいる時間や空間がまた妙に照れ臭くてキスどころではない。


(こんなんじゃいつまでたっても無理だよ…)


今日も朝から必要以上に意気込んでいたのだが、結局は何時もと同じ結果に終わってしまい、意気消沈な出勤となってしまったのだった。


(大体アイツもいけないんだ!あんな、あんな可愛い顔するからっ)


誉めてんだか何なんだか、他人が聞いたら「ノロケてんじゃねー!」としか言いようのない文句を延々とブチブチ言いながら森を突っ切っていく。
この森を抜ければ研究室は目の前だ。


「あれ…」


やっと森から出る、という少し手前に、見たことのない薄紫の小さな花を見つけて足を止める。
セレスティアには4人で旅をしている頃を含めば1年強位はいるのに、こんな花を見るのは初めてだった。


「一巡りの季節を過ごしたから大体のモノは頭に入っているつもりだったんだけどな…」


小さな薄紫の花を良く見るためにその場にしゃがんでみる。
その色は本当に極薄い紫で、花びらはフワフワとしたレースを想像させる。
茶褐色の土によく栄えていて…そう、メルディを連想させられるような花だった。
小さくて、壊れそうで、でも意外に強くて。
彼女を花にしたなら正にこんな感じだろう。


「なんていう花だ?」


名前も知らない小さな花なんて、インフェリアにもセレスティアにも沢山あるというのに。
メルディに似た花だというだけでこんなにも気に掛かる。


「あ!ストゥウルンだぁ」

「ぅわ?!」


突然背後から声がしたので、キールは驚いて勢いよく立ち上がった。そして声の主を探すと


「ボンズ!」

「おはよぅキール。キールが見てたお花、ストゥウルンだよね!やったぁ!1つ願いが叶うよ」

「ストゥウルン?願いが叶う?」


ボンズの言葉を今一理解しきれないキールは首をかしげてしまう。


「うん!あれ?知らなかったんだね。この薄紫の花、ストゥウルンって言うんだよ。それと…」


言うなりストゥウルンが咲いている周りに這いつくばって何かを探しだす。


「あったぁ!ねっねっ、ここ見て?」

「あ、あぁ…」


ボンズが指差す場所を眺めてみる、するとそこにはストゥウルンそっくりな同じく小さな花が咲いていた。
違う所といえば、花びらの色が薄紫では無く薄桃色をしていることぐらいだ。


「ストゥウルンが咲いてる近くには必ずこの薄桃色のルイヌンが咲いてるんだよ」

「へぇ…。ストゥウルンにルイヌン…『微笑み』と『愛』だな」

「そう!微笑みと愛って凄く幸せな感じでしょ?だからこの花を見つけた時はお願い事を1つだけ言うんだよ。そうしたらストゥウルンとルイヌンが叶えてくれるんだ」


言いながら、ボンズはストゥウルンをニコニコと眺める。

そして


「ストゥウルンてさ、メルディに似てるよね」


と言い、ストゥウルンの花びらとルイヌンの花びらを触れ合わさせた。


「あ、あぁ。アイツに似てるなぁと思って眺めてたんだ」

「やっぱり?!あのね、この辺の人達でメルディの事を知ってる人は、この花のことを『ちっちゃなメルディ』って呼ぶんだよ。凄く似てるもんね」


『ちっちゃなメルディ』を眺めながら、ボンズは嬉しそうに笑う。


「ボンズはメルディが好きなんだな」


彼の笑顔にキールはポツリと呟いた。


「うんっ!大好きだよ♪んー、でもさ…お兄ちゃんもメルディの事好きでしょ?」

「なっ!何を言うんだよ」


屈託の無い笑顔で言われたその一言に、キールはなにかを弁解するように濁す。


「インフェリアンは言葉や態度に表すのが苦手なの?好きなら伝えれば良いのに、そうしなきゃ伝わらないのに。リッドもそうだったね」

「………」


そうだ、セレスティアンはいつでも率直で素直。
色んな感情を、包み隠さず見せてくれる。
だからこちらも安心するのだ。
それに比べてささいな言葉すら口にすることが出来ない自分。
何も言わない自分に、メルディが寂しさを感じている事は充分理解しているのに…。


「キール?僕、何か悪い事言っちゃった…?」


黙りこくったままピクリとも動かないキールに、自分が怒らせてしまったからだと感じたのかボンズがおずおずと伺う。


「いや、すまない。少し、考え事をしていたんだ。有難うな、ボンズ」

「えっ?う、うん」


なぜ礼を言われたのか分からないが、とりあえず頷くボンズだった。


「そうだな、素直になる事は大事なことだよな」


再びポツリと言うと、慣れない手つきでボンズの頭をクシャリと撫で、


「ボンズの言う通りにしてみるよ」


と言い研究室へと歩き出す。


「うん!」


キールの決意を汲み取ったのか、それとも撫でられたことが嬉しかったのか、どちらかは分からないがボンズは嬉しそうに声を上げたのだった。


「・・・・・・という訳で、明日は休みにしてほしいんだが」


話を聞いたキシハは、元々大きな目をぱちぱちとしばたかせると、ニンマリと笑って首を縦に降った。


「いいさいいさ、つまり明日はメルディと過ごしたいって事なんだろ?良い事じゃないか♪メルディ喜ぶぞ」

「!!」

「隠したって無駄だよ。分かるぜ~?お前メルディ絡みの話になると顔付きが変わるからなVv素直に言や良いのに」


自分とさして年の変わらないキシハに言われるのは、何だかとても複雑な気分だった。


「大体なぁ、俺だってメルディの事ちょっと良いなーって思ってたのに。インフェリアに渡って戻って来たら男連れだもんな」

「え……」

「まっ、そんな個人的な感情からもメルディは大事にして貰わないと困るんだよ」


突然こんな所でカミングアウトされてしまうとは…。
思っても見なかったキシハの言葉に沈黙が続く。


「いいか?メルディがお前を選んだんだ、だったらお前はメルディを幸せにしてやれ。それが俺への謝罪って事にしといてやるよ。ん?何か偉そうだな俺。まぁいいか!あっはっは!」


そんな言葉で破られた沈黙は、キシハが研究資料をあさる音と共にどこかに消えていったのだった。


「ワィール!じゃあ明日はずっと一緒に居られるんだな♪」


休みの話を聞いたメルディは、この上ないくらいに嬉しそうな笑顔を浮かべて跳びはねた。


「あぁ、だから…行きたい所とかが…あるなら…」


モゴモゴと口にすると、メルディはキラキラ瞳を輝かせて身を乗り出した。


「じゃあ、近くの森行くよ!丘の上で一緒に御飯食べてゆっくりする!どうか?」

「そんなんで良いのか?」


近くの丘なんて、10分も歩けば着いてしまう。


「いいの。キールいつも忙しいからな、たまの休みはゆっくりして欲しー♪」


そう言いニッコリと微笑まれてしまっては、もう言うこともない。


「分かった」


そう返事を返すしかなかった。



―――翌日、朝からメルディが奮闘してこしらえた弁当を引っ提げて、2人は森の丘に来ていた。
知らない花や草についてメルディから説明を受けたり、時折吹き抜ける強い風に心踊らせたクィッキーとメルディが歌いながらクルクルと踊るのを眺めたりしながら、一方で口付けの事が何度も頭を掠めた。
可愛い、愛しいと思う瞬間、その唇に触れたいと思うのだが、どうしてもその躊躇の一線を踏み越えることが出来ない。
そんな風に過ごす内に、刻々と進んでいく時間に逆らえる筈も無く夕方を迎えてしまっていた。


「そろそろ暗くなるな。キール、帰ろかー」


メルディの声に頷き


「そうだな、真っ暗になると危険だ。帰ろう」


と弁当の入ったバスケットを手に取るとメルディと連れ立って歩き出した。
家に続く薄暗い道の途中、嬉しそうに走っていたメルディがクルリと振り向いた。


「今日はキールと一緒に居られて嬉しかったよ。明日からまた研究がしに行くんだな?メルディ、キール帰ってくるの待ってるよ」


ニッコリと笑い言う。



キュッ―――



メルディの言葉に、知らず拳を握り締める。
そして静かにメルディに近づくと、彼女の手を優しく自分の手で包み込んだ。
メルディの小さな手はとても温い。
誰かの手がこんなに温かいと感じるなんて、とても不思議だった。


「キール?」

「メルディ、1人にして、ごめん」


思わぬキールの言葉。


「突然なにか?メルディ平気、大丈夫。キールは傍に居なくても必ず帰って来てくれる。だ、から…」


笑って答えていたつもりだったのに、そうは言っても寂しかったのだ。
突然キールがそんなことを言うので、後は何も言えなくなってしまった。


「メルディ…」

「あ、あはっ!ゴメンなキール」


そんな自分を奮い立たせて笑うメルディ。
そんな彼女の、小さな、必死な強がりが愛しくて、吸い寄せられるように唇を塞いだ。
触れて、少し離れて、また触れる。
そんな啄むような口付けだった。


「バイバ!!」


完全にキールの唇が離れた後、数秒の間をおいて叫ぶメルディ。
その叫びにキールも真っ赤になる。
あんなに気張っていたのに、こんなに自然に唇を重ねてしまうなんて…。
メルディは恥ずかしそうにしながらも、とても嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「あ、いや、あの…」


しどろもどろしながらメルディから少し離れるキール。
メルディはそんなキールににっこりと笑いかける。
そして


「メルディもキールが事、好きよ」


と明るく言うと、またニッコリと笑った。
真っ赤になったキールは、照れながら拗ねて


「帰るぞっ!」


そう言って歩き出す。


「待ってよぅ!」


メルディがパタパタと走って追い掛ける。
そんなメルディが追い付くのを待って、2人は来た時と同じ道を同じように連れ立って歩き出した。
ただ違っていたのは、2人の距離と、固く繋いだ二つの手だった。






「キール、朝だよぅ!起きるが良いな!キールう」


あれ以来、研究所から頻繁に帰ってくるようになったキール。
そんな彼を起こすのはもちろんメルディの役目だ。
しかしメルディの起こし方にはちょっとした問題があるようで…。


「キール?起きないか?」


ちゅっ


「だぁあああ!!止めろって言ったろー!」


ガバァッ!!!


そう、メルディはキールのホッペにチュウをして起こすようになったのだ。


「えー?キール嫌かー…?」

「え、いや…」

「ヤなら明日からしないよー」


そんな風に言われて、成す術もなくガックリと頭を垂れるキール。


「だ、誰も嫌だとは、言ってない、だろ…」


止めろと言いつつ、いざ『しない』と言われるとそれも拒否してしまう悩めるお年頃のキールなのだった…。


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