「キールってば素直じゃないんだから」
メルディにまとわりつかれて焦り照れるキールを見、笑いながら言うファラの言葉を聞きながら、何時ものように自分もそれに乗っかって彼をからかう。
しかし瞳の隅に写る彼女と彼の姿を認めて、それまでの笑いが乾いたような笑いに変わってしまった。
「リッド!」
いつから呼ばれていたのか、ハッと気付いたら名前を呼ぶ人の顔は少し歪んで不機嫌そうになっていた。
相当長く呼んでいたのだろう。
それに気付かなかった自分に少し驚いて、中途半端な返事を返す。
「なにボーッとしてるの?そろそろ出発するよ」
「あぁ。分かったよ」
けだるそうに腰を上げ、彼にしては珍しくタラタラとした遅い足取りで歩き始める。
そんな普段と違う様子の彼に、ファラやキールは少し訝しげな顔をしてそれを眺めていた。
「リッド具合悪いか?」
彼の何時もと違う様子に心配になったのか、メルディが眉を寄せる。
少し首を傾げ、大きな瞳を潤ませて問うその姿は、普段なら何よりも可愛らしく恋しく写る筈だった。
しかし今の彼にはそんな風に思える余裕など何処にも無い。
彼女のその姿が、声が、眼差しが、彼が今まで感じたことのない感情を呼び覚ますのだ。
幼馴染の女の子に抱く感情に似ているようで全く違う。
でもその幼馴染にも一時抱いていた感のあるもの。
熱すぎる熱を帯び、時に何より冷たい。
自分の傍に居るときはとんでもなく優しい気持ちになれるのに、自分以外の誰かの傍に居るときは驚くくらい憎くなる。
ただ違うのは、幼馴染の彼女に抱いていた淡い感情よりも数倍危険なものを帯びているということ。
それは相手を傷つけるとかそういう類のものではなくて、ふとしたきっかけでその脆い感情が溢れ出して止まらなくなってしまいそうな、それが原因で彼女の顔すら見られなくなってしまうような、そんな危うさだった。
でもそれは、そう、まるで聞き分けのない子供のようではないか。
「リッド?」
「大丈夫だよ。心配かけちまって悪いな」
「んーん。メルディは良いな」
ふるふると頭を振るメルディ。
そこでまた生まれるちょっとした黒い感情。
――心配なら、どうして俺の隣じゃなくてキールの隣を歩いてるんだよ
ハッとする。
心配してくれた彼女をどうしてこんな風に責めなければならないのか。
「メルディ、ちょっとこっちに来いよ」
そこに割って入る男の声。
幼い頃から知っている、聞き慣れたはずの幼馴染の青年。
しかし今のリッドにはその声すら心を逆立てる原因になる。
隣にいてほしい彼女を自分から引き離す男。
彼女に悲しい顔ばかりさせるくせに隣に居る男。
「行かなくていい」
「ふぇ?」
「ちょっとしたイジワルだ」
「?、リッドなんかヘンよ」
まったくだ。
(なにこんなガキっぽいことしてんだよ俺)
「メルディ!」
「は、はいな」
少し離れたところからキールが彼女の名前を呼ぶ。
さっきからリッドとメルディの距離が近いのが気に入らないらしい。
それを裏付けるように声の中に少し苛々したものが感じられる。
しかしそんな声で彼女を呼ばれれば、こちらとしても絶対に彼女を譲れない気持ちになってくる。
子供じみた対抗心なのか、それとも・・・・・・。
「メルディは俺と一緒に行くんだよ」
「な、なに?!」
「何だよ、メルディはお前のもんじゃないだろ」
わざと嫌な口調でそんな風に言えば、キールは明らかに嫉妬している顔で自分を睨みつける。
板ばさみになったメルディはリッドを見、キールを見、そして困ったようにファラを見た。
「こーら!2人共なに子供みたいなことやってんの!メルディが困ってるじゃない」
「だってリッドが」
「だってじゃないの!女の子を困らせるなんてダメだよ。リッドもリッドだよ、なにそんな子供みたいなことやってんの?リッドらしくない」
「俺らしくないとか言われても…」
「なによ~?」
ただキールの隣で笑うメルディを見たく無かったからで、笑うなら俺の隣で笑って欲しいと思ったから。
「あ」
「え?」
「いや…なんでもねぇ」
「ヘンなリッド~」
不思議そうな顔をして言うメルディをどさくさに紛れて連れて行こうとするキールの腕を引っ張り、彼にしか聞こえないような小さな声で囁く。
「メルディはお前に渡さない」
それを聞いたキールは一瞬真っ青になり、その直後憤慨したような顔でリッドを睨み付けた。
「俺自覚しちまったし。メルディを見習って素直になることにするぜ」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
まさかこんな事になるなんて思ってもみなかった。
でも自覚してしまった想いは殊の外強いようで、そんな風に思ったらもう彼女をこの手から離すことなんて出来そうになかった。
だから、これを機に想いを素直に表現してみるなんてのも良いかもしれない。
彼女を、メルディをこの腕で抱きしめる男が自分だけになるように。
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