吸い込まれてしまいそう、どこまでも澄んで蒼いから。

吸い込まれてしまいたい、どこを探しても君は居ないから。


目が覚めて、窓から差し込む光に眉を寄せて。
確かめるように自分の隣に手を延ばしても何も無く、誰も居らず、ただ空っぽの隙間があるだけだ。
生まれた場所に戻ってこれた喜びも、数日が経てば薄れて消えて無くなった。
世界を救うという壮大な事を成し遂げた実感も湧かなかったのに、所々崩れたり荒廃してしまっているその傷跡を見るとどうしても思い出さずには居られない人はいる。
最後の瞬間、もしかしたら同じ世界に戻る事が出来るかもしれないと淡い期待を持った。

真の極光と闇の極光。

極端な2つの力の向こう側で苦痛に顔を歪ませる小さな少女の姿を見ながら、尚も同じ世界に帰ることが出来たらとどこかで願っていた。
でもそれは儚く淡い夢でしかなかったようだ。
目が覚めて瞳に写ったのは、どこまでも澄んだ青空と姿を消してしまった異世界。
隣には大事な幼馴染の姿があって、崩れてしまったり潰れてしまったりはしているが変わらない姿の村があった。
それを見て安堵の溜息をつくと、もう1度グルリと辺りを見回してみる。
でもそれ以外には何も無かった。
そこにあって欲しいと願っていた1番大事なものの姿は無かったのだ。
その時の空はあまりにも蒼く澄んでいて、何だか妙に脳裏に焼き付いて離れなくなってしまった。



※―※―※―※



「今日も大量だったな」


その日に足りる分だけの獲物を仕留め、取り敢えずの保存食を作り終えるとその日の仕事はほぼ終わってしまう。
もとより腕の良いリッドの事、獲物が見つからない日を除けばそんな仕事など半日もかけることは無かった。
グランドフォールの危機が去り、空に見えていたセレスティアが無くなったことを除けば元の平和なインフェリアに戻りつつある。
それでも学者や研究員達は今まで見ることの無かった「セレスティアの向こう側」に憧れ、それを研究するのに夢中になって王国中の優秀な人材集めに精をだしていると聞いた。
流れて来た話によれば、モルルで静かな生活を楽しんでいたマゼット博士のところにまで使者が迎えに行ったらしい。
何故だかマゼット博士がどのような返事をしたのかは聞こえてこないが――。
今では学問の街ミンツや王立天文台は凄い騒ぎになっているだろう。
セレスティアに帰る手段を絶たれてしまったセレスティアン達も混ざり、目の回るような早さで研究を進める人達の姿が目に浮かぶようだ。
そういえば各地にシルエシカの人々が派遣されているというのも聞いた気がした。
インフェリアを調査し、2つの世界の技術を合わせてより良い世界を作り出していこうとするものだという。


「でもまぁ俺には何も出来ねぇからな」


そんな事を思い出してひとりごちた。
王立天文台にはチャットも技術者兼指導員として参加しているが、自分はチャットのような知識も技術も持っていない。
学者や技術者達が『ウチュウ』と呼んで研究に没頭しているらしいもののこともさっぱり分からないのだ。
これがキールならば、確実に有能な研究員としてその場に立つ事が出来るのであろうが、しかしそれは望んでも仕方のない事だ。

今日も空が蒼い。

あの時によく酷似した今日の空。
思わずしかめた顔に強すぎるとも言える光が射す。
何も出来ないことへのもどかしさや、傍に居て欲しい人がそこに居ないことへの寂寥感。
会いたい会いたいと思慕は募るのに、どこまで手を伸ばしてもそこまで届くことは決してない。


「嫌な空だな」


今まではその蒼さを眺めているのが好きだった。
寝転んだまま時間が流れていくのを感じるのが楽しかった。
何も考えず、煩わしいことに縛られない時間が何より居心地の良いものだった筈なのに、今はこの空が憎い。
『彼女と自分を阻んでいるもの』そんな風にしか思えない自分が嫌になる。
それでもこの果てしなく見えるとてつもなく厚くて広い壁は、容赦無く会えない孤独感ばかりを煽るのだ。


「・・・・・・空が蒼いな」


もう1度呟いて空を見上げる。
そこには、蒼くて蒼くて、吸い込まれそうな程に蒼い空があるだけだった。


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