「ワイール!一面黄色!うつくしー」

「おいおい、そんなに走ると転ぶぞ」

「ダイジョブだよぅ」


小高い丘を頂上目指して走っていくメルディに、リッドは呆れたような、でも見守るような優しい笑みを浮かべて言う。
しかし言われた本人は目の前一杯に広がる一面の黄色い世界に目を奪われていて、そんな忠告は耳に入らないようだった。
視界を黄色に染め上げるそれは鼻をくすぐる高い香りさえ放たないものの、その美しく鮮やかな色で楽しませてくれる。
中にはもう既にふわふわとした白い綿毛に姿を変えて、一生懸命風を捕まえようとしているものもあった。
そんな小さな花達は空に輝く太陽に似て、どこか人に優しい微笑みをもたらしてくれる力がある。
それは生まれたての無垢な笑顔を見た時にも似て、それだけで穏やかな気持ちになれた。


「んなこと言って結構そそっかしいからなぁ」

「メルディ、キールと違う」

「ぶはっ!」


メルディの言葉に思わず吹出してしまった。今頃彼は研究室で盛大にくしゃみをしていることだろう。


「まぁ良いけど、もし転んでも助けてやんねぇぞ」

「リッドがケチー」


プゥっと頬を膨らましながらも、メルディの瞳はどこか幸せそうに三日月をかたどっている。
そんな彼女の笑顔を目の当たりにして、リッドは不覚にも思考を止められてしまった。
もう見慣れたと思っていたのに、メルディの行動や表情の一つ一つはこんなにも自分に衝撃を与えるものらしい。


「リッドー!はよはよぅ!!一面黄色でキレイだよー」


歩みを止めてしまったのはメルディのせいだろ。とくすぐったいような気持ちで呟いて、メルディがブンブンと手を振っている場所まで急ぐ。
緩やかな傾斜のはずなのに、彼女の隣に辿り着くまでの時間が異様に長く感じられた。
早く彼女の隣に行きたい、メルディの香りや、あの声や仕草に囚われてしまいたい。
呆れる程にのめり込んでいる自分に気付き、本当に心底救い様がないな・・・・・・と溜息をついてしまった。
それなのに、これほどまでにメルディに魅了されている自分を幸せにも思う。
何とも複雑極まりない心境だ。


「うわ、凄ぇな」

「なっ?キレーだよ~」


ようやく頂上に着いたリッドは、さりげなくメルディの手を取って感嘆の声をあげた。


「視界いっぱいタンポポだな」

「ぜんぶ黄色。メルディの目の中みーんな黄色」

「俺も。しっかしここまで一面黄色だと目がチカチカするな、頭がクラクラするぜ。この花暫く見なくても良い感じだ」

「えー?メルディこの花ダイ好きよ!!イッパイ咲いてて欲しー」

「!!」


不意に放たれたメルディの『大好き』に、リッドは身動きが取れずに固まってしまった。
未だに彼女の『好き』には免疫がついていないらしい。


「リッド顔真っ赤」

「うるせ」


真っ赤になってしまった顔を見られるのが恥ずかしくて、リッドはメルディの視線から逃れるように顔を逸らしてしまう。
しかしメルディがそれを追い掛けて覗き込んでくるので、隠したかった赤い顔を余計赤くした状態で見られる事となってしまった。


「バイバ!リッドの顔から火が出てる!!」

「出てねぇよ!!」

「だってここまで熱いのが来てるよ」


言いながら自分の顔から離れた場所で手をヒラヒラとさせる。
いくら何でもそんな所まで頬の熱さが伝わるわけが無いと思いながらも、もしかしたら、と思うといよいよ顔の火照りは治まりそうもなくなってくる。


「ったく…」

「リッド~????」

「何でもねぇよ。ほら、今日も陽が強いからあんま日当に居るなよ」


彼女に手を差し出して、丘の頂上から少し離れた場所に出来ている木陰を目指す。
メルディの小さな手か自分の掌を掴むと、その慣れた温もりに思わず頬が緩んでしまう。
自然と綻んでしまう口元を隠したくて、彼女の方へは振り向かなかった。


「到着」

「バイバ!ここも黄色たっくさん!!」


木陰に腰をおろしたリッドの横で、メルディはここをも一面に染め上げる黄色い花に驚きと感嘆の声を上げた。


「折角木陰に来たのに陽の下に居たんじゃ意味ねぇだろ」

「だってとても凄くキレイだよ~♪小さい太陽がたくさん落ちてきたみたいだな」


ニッコリと笑ってリッドの横にチョコンと座り、視界を塞ぐ黄色を指差し、太陽を指差して再びニッコリと笑う。


「・・・・・・・」

「リッドー?」


ニコニコ笑っている自分と対象的に何か考え込むようにして顔を伏せているリッドがそこに居て、メルディは思わず彼の肩をゆさゆさと揺すってしまった。
しかし彼は一向に顔を上げてくれない。
しまいには伏せた顔から「あー」とか「うー」とか意味不明な唸り声まで聞こえてきて、流石のメルディもこれには成す術も無く彼が顔を上げてくれるのを待つしかなかった。


「恥ずかしいから1回しか言わねぇ」

「ふぇ?」


未だ顔を伏せたままの状態で、どこかその言葉を言うのを躊躇いながらそう彼が言ったのは、たっぷり10分程度が過ぎた頃のことだった。
何も出来ずにリッドが顔を上げてくれるのを待っていたメルディは、突然そんなことを言われて焦ってしまう。


「1回しか言わねぇからな」

「はいな…?」


取り敢えずここは大人しく彼の言葉を待った方が良さそうだと判断したのだろう。
メルディは静かに彼の言葉を待っていた。


「俺、この花凄ぇ好きだ」

「うん」

「メルディの…笑った顔に似てると、思う」

「!!」


彼らしからぬ態度、彼らしからぬ言葉。
メルディは一瞬言葉も動きも止めて、それから満面の笑みを浮かべてリッドに抱き着いた。


「ワイール!リッド大好きヨー♪」

「ぅわっ」


勢い良く飛び込んできたメルディを受け止め切れずに2人して転ぶと、そこには本当に黄色い花しか目に映らなくなってしまった。
その黄色い花をお日様に似ていると言った彼女。
その彼女が笑うと温かくて優しくて、太陽そっくりに見える。
だからこの花も好きだと思った。
鮮やかな黄色が丘いっぱいに咲き誇り、そのせいで瞳の中は痛いくらいにチカチカするけれど、彼女の笑顔に良く似ている花だから。
彼女が好きだと言った花だから、そのチカチカさえもこんなに優しく見えてしまうのだ。


「重症だこりゃ」

「なにか?」

「ん?何でもねぇよ」


うん。
この黄色も悪くない。


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