思い出したくない記憶くらい、誰にでもあるものだろう?
悪夢にうなされて目覚める瞬間が、誰でも1度はあるものだろう?
いくら涙を流しても、楽にならない時があるものだろう?
でも、俺はお前ほど大きな記憶を背負った人を見たことがない。
それなのにお前は、まるでそれを全て受け入れたかのように笑うんだ。
遠い昔のあの記憶を忘れてしまったわけじゃない。
精神的にまいった日や、極端に疲れた日は今でもあの日の夢にうなされる。
それでも今は、あれはもう過ぎてしまったことで今更どうしようもないことなんだと諦めることが出来る。
諦めたといっても、どうしようもない無力感と自責の念を抱くことは変わりなく、あの日の幼い自分を出来ることなら消し去ってしまいたいと思うのも事実だけれど。
無邪気さは罪。
こんな三流の物語の台詞みたいなことを自分が思うなんて考えもしなかった。
でも、そんな思いさえ打ち砕く奴が居た。
それがお前。
いつからだろう、誰よりも悲しく重い記憶を背負いながら、それでも笑うお前をとても大事だと思うようになったのは。
思い出について聞いてきたあの夜、何だかやり切れないような悲しい顔をしているその子に、違和感を抱きながらも何も聞けなかった。
夜風に揺れる髪、少し寒そうな肌、揺らいで光る瞳、それらが深く探る事を拒んでいるように見えたから。
「思い出」について私に教えて欲しい。
そして、私が納得したら何も聞かずに部屋に戻って。
そんな風に言われているような気がした。
だからリッドはそれ以上聞けなかったし聞こうとも思わなかった。
でもまさか、こんなに重たい記憶を背負っているなんて。
何時も明るく笑うから気付かなかった、気付けなかった。
まぁ、気付いたところでしてやれる事なんて無いのかもしれないけれど、それでも苦しい時や悲しい時の八つ当たりの対象くらいにはなってやれるつもりだ。
「支え」なんて大層なものになれる自信は無いけれど、それでも傍に居てやりたいと思っている。
夜明けにも近い時間、一向に戻ってこないキールを少し気に掛けながら部屋から出ると、そこには諦めたような、でも決意を改めたような面差しで歩くメルディの姿があった。
「メルディ?こんな時間に何してるんだ」
「ん、今部屋に帰るとこだったよ。キールもきっとすぐ来るな」
キールと一緒だったのか。
リッドは胸にチクリと刺さる痛みを感じて少しだけ眉を寄せる。
いつだってそうだ。
メルディが本当に誰かが必要だと思っているとき、誰かに傍に居て欲しいと思っているとき、そんな時彼女の隣に居るのは何時も自分では無い。
彼女の「支え」とも言えるべき役目を担っているのはあんなに泣き虫だった幼馴染。
同じ年頃の、同じ子を好きになった、同じ男。
「そっか。―メルディ、泣いたのか?」
「え?」
もうすぐ戻ってくるのなら心配することもないだろう、そんなに広い建物ではないし。
彼のことだ、また一人なにか考えたい事があるのかもしれない。
それに、今の自分にはこの少女の瞳が潤んでいることの方が気になった。
「ちょっと目が赤いぞ」
「泣いてないよ?」
「そうか?俺には泣いてるみたいに見えるけどな」
どうしてこの子は自分が泣いたことを隠そうとするのだろう?
リッドはまた少し胸を走る痛みに眉をしかめる。
しかし目の前にいる少女は、照れ臭そうに笑って言うのだ。
「泣いてないよ~。あ、さっきおっきな欠伸したからそれで目が赤くなってるのかもな」
そんな嘘つくなよ。
リッドは思う。
どうしてこの少女は嘘をつくのかと。
誰も泣いていた事を責めたりしないのに。
誰も涙を流したことで弱いだなんて思ったりしないのに。
「そういう事にしといてやるよ」
「ホントだよぅ」
「なぁ、メルディ。もし、もしもお前が泣いたとき、そん時は隠さずに言ってくれよ?お前は強いから、きっとそれを隠すことは容易いことだろうけど。でも俺にとってみたら、その涙さえ思い出になるんだから」
「思い出?メルディが泣いたことがリッドの思い出になるか?」
「あぁ、そうだよ。この戦いが終わったあと、何年、何十年たったあと。あのとき泣いていたメルディの傍に居てやれたのは俺だったって思い出せる。一緒にそんな風に話せるだろ?」
「―そかな」
「そうだよ」
「そだな」
静かな、とても静かなこの空間。
今起こっていることも、これからくる辛い戦いも、全てを忘れてしまえそうな程静かなこの世界。
広いようでこんなにも狭い世界の中で、今2人が交わす言葉に一体どれだけの力があるのかは分からない。
でも、それでもその短い会話の中に2人が確かに通じる何かがあったのは事実で、その言葉によって彼女が、彼がまた少しだけ強い心を持てたのもまた事実だった。
「ありがとな、リッド」
小さく小さく囁かれたメルディの言葉が、いつまでも耳の奥に響いているような気がした。
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