幸せな夢の中で、このまま眼が覚めないでいてくれたらと思う。
眼が覚めて、現実に戻って。
また、どうしようもないと分かりつつも眼を背けたくなるような今この時を生きていくのが怖いから。
そんなこと、無理だって分かっているけれど。
これは逃げられない事実なんだって、分かっているけれど。



ゆるゆると太陽が昇り始めたようだ。
薄闇に眩しい光が射して、部屋の中は一気に明るく照らされる。

なんだろう?

綴じた瞼を通して見えるこの色は、どこかで見たことがあると思った。
硬く綴じた瞳にあまりにも明るい光がさして、何も見えない筈の視界一杯に赤とも何ともつかぬ色が広がっていくのだ。

『誰かが泣いている』

まだ覚めきっていないままの頭が、どうしてかそれだけは敏感にその気配を感じ取る。
しかし、鈍った体はそれを感じ取りはするものの、それによって覚醒を促してはくれないようだ。
堪えるように泣いている気配を感じながら、それでも起き上がることを拒むこの身体が憎らしかった。
泣いているのはきっとあの少女。
細く小さい体で大きな重圧に耐えている、愛してやまないあの女の子に違いない。
そう分かっていて、どうしてこの身体は言う事を聞いてくれないのだろう。
そう思うと、一層我が身が憎らしくて仕方なくなってしまう。
きっとその原因は昨日のバリル城での戦いなのだろうが、ここで理由を探したって意味がない。
あの子が泣いているのに、どうしてこのままで居なくてはならないのだ。
そう思い、言うことを聞かない体を叱るようにして無理矢理ベッドからずり落ちるようにして降り、啜り泣く声がする部屋へ行かねばとドアノブに手をかける。
すると、それとほぼ同時に隣の部屋から幼馴染みの心配している声が聞こえてきた。


「メルディ、どうしたの?怖い夢でも見た?大丈夫だよ。私が居るからね」


メルディに声をかけたのを聞いて少し安心したリッドは、ホッと1つ息を吐いて必要以上に力の入った肩を下ろす。
軽くドアノブを回し、今は少し収まったすすり泣きを聞きながら隣の部屋のドアに立つ。
そしてノックをしようと手を伸ばしたとき


「血かと思ったよ。眩しくて眼を閉じたのに光が見えて、メルディの目の中真っ赤になったよ。それが血に見えて」


朝の光が綴じた瞼を射して赤く染まるのは、薄い皮膚の下を流れる血液を照らすから。
だからメルディの言う「血みたい」というのは間違いではない。
まさしくそれは血なのだから。
しかし、つい先日生まれ育ったその場所を赤く染め上げられて破壊されてしまったメルディには、そんなことすらも耐え難い苦痛なのだろう。
そんな言葉を発して再び泣き出してしまった様子のメルディに、リッドはただそのドアの前で拳を握り締めることしか出来なかった。


「リッド」

「?!」


いつの間に背後に立っていたのか、同じように手に力を込めるキールがそこに居た。
そんな彼の瞳には、今までリッドが見た事のないような光が宿っていて『あぁ、彼は彼女のことを守ろうと強い決心を固めたのだ』と一目で分かる強さを称えている。


「今は入らない方が良い。ファラに任せておこう」


弱虫で泣き虫だったあの幼馴染が何時の間にこんなにも強くなっていたのだろう。
リッドは少し驚いて何か言おうと口を開きかけ、しかしそのまま再び口をつぐんでしまった。
この幼馴染も、いつだって何かに追われるように優しく強くあろうとする幼馴染も、2人とも何時の間にか今までに無かった強さを手に入れている。

では自分は?

今までの旅の中でしっかりとした成長が出来ているのだろうか?
その場は何とも言えない複雑な思いにかられて、ただキールの言葉に頷いてそこを去ることしか出来なかったのだった。


「朝の光を怖がるなんて・・・・・・そうだよね、ショックだよね」

「瞼越しに見た赤が怖いと思うほどだもんな」

「ごめんな皆。急に泣いたりして、ビックリさせたな」

「謝るなよ。あんなに大量の血が流れたんだ、それも自分の育った場所で。ショックを受けないほうがどうかしてるさ」

「そうだよメルディ。泣きたい時は泣いていいの、そのために私たちが居るんだから」


何とかメルディを泣きやませ、出て行ってしまった水分を取り戻させようとリビングで水の入ったグラスを手渡しながら、落ち込んでシュンとしてしまっているメルディの頭をよしよしと優しく撫でつつファラは笑顔で言う。
そんな2人の様子をテーブルの下から見上げていたクィッキーが『自分も居るよ!』と言いたげに一際高い声で鳴いた。


「メルディ、朝が光は大好きだったんだけどな」


グラスを受け取りながら、ちょっとだけ悲しいな、という顔をしてうな垂れてしまう。
確かにメルディは朝の光が大好きな女の子だった。
毎朝窓から眩しい朝陽が射すと、満面の笑みを浮かべて

「おはような!」

というのが彼女の朝のむかえ方の定番だったのだ。
そしてその後未だ半分眠りの中にいる男2人に向かって、これでもか!というほど大きな声で

「起きてよぅ!」

と言うのが常。
しかし今朝の彼女からそんな少しだけ迷惑で、それでも嬉しい朝の定番を聞くことは出来なかった。


「暗いのも嫌い、朝の光も怖いんじゃ、メルディちょっとかなり困るよ」


夜の闇も、朝の光も、生きていく限り避けることは出来ない。
闇に対してはやっと落ち着いて1人でも受け入れることが出来るようになったというのに、アイメンの一件で克服したはずの恐怖が再び蘇ってしまった。


「光が怖いなんて重症よ。メルディどうしたらいい?」

「朝も夜も必ずやってくるものだしな」

「あ!じゃあ光は怖くないんだよっていうのをすり込みしたらどうかな?」

「すりこみ?」


ファラの言葉に首を傾げるメルディ。
その横で「他に言い方は無いのか?」という顔をしているキールと「何を言い出すんだ」と言う顔をしているリッド。


「そうだよ。光は怖いものじゃないって言い聞かせるの」

「そんな簡単にいくものか」


ファラが意気揚々と言うのを横目に見て「そんなに上手く行く訳が無いだろう」とキールが溜息をつく。
そんなに簡単なことで治るのだったら、自分だってどんなに彼女に言い聞かせ、優しく諭すことだろう。
そんな風にも聞こえた。


「やってみなくちゃ分からないじゃない」

「でもなぁ。実際メルディは強い光を見て怖がるだろ?どうやって思い込ませるんだよ」

「それは、さ、ん~・・・・・・」

「皆、メルディへーきだからもういいよぅ」


揃って眉を寄せる仲間を見て、メルディがすまなそうな顔をして慌てて言う。
しかしメルディがそう言ったところでファラの思考が止まることはなく、むしろその言葉が彼女の意識を一層集中させてしまったようだった。


「んー。あっ!アレは?!」

「アレ?」

「フィブリルだよ!フィブリルだって光じゃない。朝の光も、どんな光も全部フィブリルだって思えばいいの」


素晴らしいことを思い付いたでしょ?
ファラの顔はそう言わんばかりに輝いている。


「フィブリル?」

「そうだよ。メルディはフィブリルを求めてやってきたでしょ?少なくともリッドのフィブリルはメルディにとって恐怖の対象にはならないと思うの。だからね、例えば朝の光は太陽から放たれるフィブリル、世界中の皆を照らすフィブリルなの。瞼を通して赤く染まるのは力がとても強いから。そう思えば少しは怖さも減るんじゃない?」

「なるほどな、確かにフィブリルなら恐怖も軽減されるかもしれない」

「朝が光は太陽のフィブリル」

「ね?どう?メルディ」


問われたメルディは、何度も何度も繰り返すように呟いている。


「太陽のフィブリルもダメならさ。朝、瞼の中が真っ赤に染まるのはリッドのフィブリルが輝いているからってのはどう?リッドがメルディを起こしにきたの、で、リッドのフィブリルが強く赤く輝くから真っ赤に見えるんだよ」

「リッドがフィブリル、かぁ」


隣で黙って話を聞いているリッドを見つめ、彼のフィブリルが輝いているのを思い出すように眼を閉じる。
そしてほんの僅か数秒沈黙し、やがて眼を開けるとニッコリと極上の笑顔を浮かべた。


「うん。リッドのフィブリルなら恐くないな。毎朝リッドが起こしに来てくれるはとても嬉しいよ」


何時もの愛らしい笑顔を浮かべ、リッドに向かって嬉しそうに言う。
それでもその笑顔の中には拭いきれてはいない恐怖の色があった。
しかしそれでも今朝泣いていた彼女の顔に笑顔が戻ってきたのは事実だ。
今はそれだけでも良いではないか、皆そう思った。


「でもホントにリッドが起こしにきてくれたらメルディもっともーっと嬉しいけどな♪」

「んなっ?!」

「顔真っ赤だよ?リッド~」


ファラにからかわれて隠し切れない動揺を見せるリッドに、ほんの少しの陰りを残して、それでもメルディは嬉しそうに抱き着いた。


「まぁ、そこまで言うなら明日から俺が起こしに行ってやる」


ゴホ、と誤魔化す様に咳を一つ零しつつ言うと、メルディは大きな瞳をいっぱいに開いたあとニッコリと笑った。


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