※死ネタです。苦手な方は閲覧をお控えください。


弱々しく自分の手を握る彼女を、涙で一杯になった瞳で見ていた。
今にも消えてしまいそうな命の炎に、成す術も無くただただこうして傍にいて、彼女の手を握り締めることしか出来ない自分が嫌だ。
それでもこれは人に唯一平等に与えられたもの。
この世に生まれ来たものの全ては何時かまた生まれ来る前の場所に還るのだ。

――そんなことは分かっている。

充分過ぎるくらいに分かっているけれど、でもまだこの少女が果てしなく遠い回帰の渦の中に巻き込まれてしまうのは早過ぎる。
2人で過ごした時間も、場所も、思いでも、残り香も、微笑みも、喧嘩や笑い声や、痛みでさえ。
まだ足りない。まだ少なすぎる。
まだ、まだ――。


「リッド?」


涙を堪えているリッドに向かい、メルディが微笑んで名前を呼ぶ。
その声の弱々しさに一瞬息を呑んで、それでもリッドは呼び掛けに優しく笑った。


「どうした?」

「リッド泣いてる。ダメ、笑ってよ」


元々細かった彼女の身体、それが最近見るに耐えないくらいに痩せてしまった。
彼女の身体は幼い頃に受け続けた実験により限界まで追い込まれていた。
闇の力に蝕まれた身体はゆっくりと病に侵されていき、そして最後には永遠の回帰の中に還っていくのだという。
リッドは自分を責めた。
あの旅の終わりの日、世界を守ると言った彼女に極光を使わせたことで彼女の身体をより早いスピードで追い込ませてしまったのではないかと。
もしもあの時彼女が泣いて叫んで怒っても、例え自分の事を嫌いだと言っても彼女の申し出を断れば良かったのでないかと。
しかしそれすら彼女はフルフルと首を振るのだった。
掴む掌には力と言えるような力は無く、それでもリッドの手を離すまいとする彼女は見ていて辛かった。
リッドがセレスティアに渡って2年。
当時は元気そのものだった彼女が体調の不良を訴え始めたのは、一緒に暮らすようになってから僅か半年が過ぎた頃だった。
医者に見せても体調不良の原因が掴めなかった為、もしや闇の極光に関係があるのではと思いガレノスの元へ連れていき、そこで研究を続けていたキールに彼女の体調不良の原因を調べてもらったのだ。
結果、それは恐れていた通りのものだった。


「ごめん。そういう約束だったな」

「はいな、そうよ」


囁くような言葉。
あの明るく鈴を転がすような声は一体どこにいってしまったのだろう。
リッドが涙を拭って笑顔で答えると、彼女はフゥと溜息を1つ吐くと、そのまま歌うように言葉を紡いだ。


「リッド、ありがとな」


まるで本当に歌っているような言い方だった。
リッドはその言葉にまた涙が溢れそうになり、慌てて目を擦った。


「何言ってんだよ。礼を言うにはまだ早過ぎるだろ?それに、礼をいうなら俺の方だよ」

「リッドが?メルディにありがと言うか?メルディ何もしてあげられてないよ」


クスクスと笑って、リッドの頬に指を滑らせるとゆっくりと言う。


「メルディは何も知らないんだな」

「そんなことナイよー。リッドは意地悪」

「本当のことだろ。メルディが何もくれてないなんて、そんなことある筈ないだろ」


そかなー?と枕の上で頭を傾げると、メルディは「例えば?」と笑う。


「そうだな。まずメルディと一緒に居ると何時も笑える。楽しくて心から幸せだって思えるだろ」

「うん」

「それに珍しい料理も食える」

「なにかー、それぇ」


インフェリアから来たリッドの為にメルディがつくる料理には、セレスティア料理とインフェリア料理を混ぜ合わせたみたいなものが出てくる事があるのだ。
未だかつて食した事も無いようなその料理に、リッドは驚きつつも嬉しさを隠しきれない。


「それに、初めて誰かの為に強くなりたいって思った」

「メルディがため?」

「そうだよ」


メルディは嬉しそうに微笑むと、リッドの手をキュッと握って枕の上の頭を彼に近づけるように動かした。
そしてちょっと疲れた、というように目を閉じると、弱々しく息をついて再び瞳を開ける。


「それから?」


眠そうな瞳でリッドを見つめ、もっと話して?と催促する。


「俺ばっかりじゃつまんねぇよ。メルディも何か無いのか?」


メルディの頭を撫でてやりながら、リッドは拗ねたような声を出す。
それを聞いたメルディは、子供みたいだな。と笑い、彼の瞳を覗き込むようにして話出した。


「メルディはリッドから貰ったもの多すぎて困るな~。ホント、沢山あり過ぎて言い切れないよ」

「教えてくれよ」

「ん。あのな、まず楽しかった時間、それに元気ももらったよ。それと新しい料理は研究する機会だな。それから食欲も」

「あのな~」


怒ったような声で言うと、メルディの額を軽く小突く。
それでも彼女は幸せそうに笑った。


「それと、こんなメルディのこと、いっぱいいっぱい好きになってくれたな。それが1番嬉しかったこと」

「こんな、なんて、言うんじゃねぇ、よ」


静かに紡がれた言葉に、リッドは息を詰まらせる。
何か言葉を探すが、それと一緒に耐えてきた涙まで溢れて止まらなくなりそうで中々口にすることが出来ない。


「ほんとに、ありがとな。リッド」


ちょっと眠いな、とメルディはまた溜息を1つ。
静かに瞳を閉じると、リッドに「キスして?」と微笑みでねだった。


「愛してるよ。メルディ」

「大好き。リッド、大好き、大好きよ、あいしてる」


そう言ってメルディはまた1つ溜息をつく。


そして


ゆっくりと、メルディが掴んでいた筈の手に力を感じなくなった。
上下していた肩が、静かになった。
キスをして?とねだった頬が、そのまま動かなくなった。
溜息も、聞こえなくなった。


「メルディ?」


もう良いだろうか、耐えていた涙を流しても。
必死に耐えていた鳴咽を漏らしても、メルディは許してくれるだろうか?


「メルディ。俺、初めてこんなに誰かを好きになったんだ。こんな優しくて愛しい想いを教えてくれたのはお前だけだよ」


何も言わないメルディは、ただただ優しく微笑んでくれていた。


「ありがとうな。メルディ…」


優しい微笑みを浮かべてくれるメルディに、今のリッドはただ耐えていた涙を流すばかりだった。


人は恐れる。老いることを、その身が朽ちることを。
でもこれは人に唯一平等に与えられたもの。
この世に生まれきたものの全ては何時かまた生まれ来る前の場所に還るのだ。
2人で過ごした時間も、場所も、思い出も、残り香も、微笑みも、喧嘩や笑い声や、痛みでさえも巻き込んで。
果てしなく遠い回帰の渦の中に、還っていくのだ。
そしてこの永劫の回帰は途絶える事などない。
生まれ落ち、そして土に還り、また新しい命が生まれる。
新しい日に、新しい場所に…。




「ありがとうな。リッド…」




小さく、そう聞こえた気がした。









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