「キールは素直じゃないな~」
「な、何を言ってるんだお前は!」
今日も幼なじみと異世界からの来客は口論をしている。
まぁ口論といっても、ピンクパープルの髪の彼女は楽しそうにしているし、幼なじみの彼も彼女とのやり取りを楽しんでいるようなので深刻さは微塵も感じられない。
むしろ空気でいったら、それを眺めている赤毛の少年の方が深刻そうだった。
「リッドー?そんなに気になるなら自分もメルディに話し掛けたら良いんじゃないの~?」
「――何のことだ?」
「眉間、さっきからシワ寄ってるよ」
「隠し事が出来ないねぇ、リッドは」
「うるせー」
『隠し事が出来ない』と言われてしまった彼。
さっきから目の前で繰り広げられている、一見カップルの痴話喧嘩にも見えるやり取りにイライラと眉間にシワを寄せているのだ。
「なんの用もないのに話し掛けても可笑しいだろうが」
「なーに言ってんの。私やキールには用もないのに話し掛けてくるじゃない」
・・・・・・確かにそうだ。
ファラやキール相手なら、下らないことでも、大して話題も用事も無くても話し掛けられる。
しかし何故だろう?相手があの少女、メルディとなると話しは別だ。
変な事を言ってしまったらどうしよう、話題が無くて沈黙が横たわるのも何だか嫌だ、とガラにもない事を考えてしまう。
「リッドー、リッドはどう思うか?キールがこと素直じゃない思うよなー?」
「あ?!あ、あぁ…いや、そ、そうだな」
「バイバ!リッドが顔真っ赤っかだよぅ」
「・・・・・・リッド、どうして顔を赤らめるんだ」
うろうろと考えても仕方ないことを考えていると、突然耳元近くでメルディの声がして、意識とは関係なく頬がとんでもない熱さになってしまう。
しかもメルディに関する事となると妙に目敏い彼にしっかり指摘されてしまい、リッドはもう何とも言えない情けない気持ちになってしまった。
「リッドどしたのか?具合悪いか?」
「メルディ!男にのしかかるなよ!!」
「・・・・・//////」
真っ赤に染まった頬を隠そうと俯くと、それを心配してメルディが自分の肩に絡み付いて顔を覗き込んでくる。
それを目の当たりにしたキールが黙っているはずも無く、当然のようにキーキーと大声で彼女を怒鳴り付けた。
「まぁキールに比べるとリッドは得してるのかもねぇ」
そんなやり取りを眺めていたファラは、ふむ。と顎に指を宛てて呟いた。
キールが無理矢理メルディを引っぺがして離すと、リッドはため息を1つ吐いてファラに向き直る。
「どういう事だよ」
「えー?だってキールって最初の印象最悪だったと思うんだよね、怒鳴るし突き放すし。メルディ戸惑ってたでしょ?その点リッドはやる気はないにしろ最初からそれなりに優しかったし、今だってキールと比べればメルディからの信頼は抜群じゃない。何てったってメルディにはリッドの力が必要みたいだし。これは有利だよー」
「・・・・・・そうか?」
ファラの言いたい事は分かる。
確かにメルディは、キールより少しだけ自分を頼りにしてくれていて、何かと言っては自分のところへ来てくれる。
食事の時、寝る時、歩く時、彼女は自分の隣に居ようとしてくれる。
そんな些細な事が心が浮き立つほど嬉しいのも事実だ、しかし、何故か彼の心は晴れない。
メルディが自分の隣を歩くのは、まるで幼子が親の後をついて歩くようなものなのではないかという思いが消えないからだった。
年齢にしては幼い外見、思考もどこか幼さを残しているような気がする彼女。
だから余計に、最初に自分を受け入れてくれた人間に寄り添うようにしているのではないかと、そんな考えが頭を離れなかった。
「リッド?元気ないな。ホントになんでもないか?」
「うぉ」
何時の間にか傍に来ていたメルディが、顔を覗き込むようにしている。
眉はハの字に歪められていて、大きな瞳が心配そうにユラユラ揺れていた。
「大丈夫、少し疲れてんのかもな」
「バイバ!リッドお疲れか?!タイヘンタイヘン!」
そう言うなり、自分をグイグイと引っ張って寝室へ連れて行こうとする。
「お、おいメルディ、何だよ」
「リッドお疲れ!早く寝る!たくさん寝て疲れとるよー」
どうやらこれは彼女なりの優しさだったらしい。
それを感じたリッドは、おとなしく彼女に従う事にした。
メルディが自分を心配してくれるのも嬉しかったが、何より彼女の手が自分の腕を優しく掴んで引っ張っているのが嬉しかったから。
ほんの僅かな時間でも良い、彼女が自分に触れてくれるなら。
そう思う自分は愚かだろうか。
「分かったよ。行くからそんなに強く引っ張らないでくれ」
「バイバ、ごめんなリッド。痛かったか?」
思いながらもそんな事を言う自分。
言ってしまった後で、メルディの手が離れてしまうかも―と思ったが、彼女はその手を離すことはなかった。
少し離れた場所でキールが険しい表情をしているのが見て取れたが、今のリッドはそんな事で彼女の隣を離れる気持ちにはなれなかった。
「はい到着~。こっちがリッドがベッドか?よいしょっ」
ボスンッとリッドをベッドに寝転がせると、上掛けをかけてやり、自分はベッドの傍らに腰を下ろす。
「メルディ?何してんだ」
「リッドが寝るまでメルディここに居てあげるな!子守唄歌うか?」
ニコニコと笑い、リッドの顔を覗き込む。
何とも無防備な彼女の笑顔に、リッドの鼓動は普段の倍の早さまで加速してしまう。
「大丈夫だよ。そんなん無くても寝られるから」
「そんなんて何かー、メルディ唄上手いよ」
「知ってる。でもいらね」
「リッドがいじわる」
本音を言えば、彼女が歌う子守唄を聞いてみたかった。
でもそんな事恥ずかしくて言えなかったのだ。
自分が横たわるベッドの傍らで、枕元に頬杖を突いている彼女の顔を見ているのも精一杯な状態なのに、その上あの愛らしい声を耳元近くで聞かせられては自分が一体どうなってしまうのか分かったもんじゃない。
「でも、メルディがそこに居るのは悪くない」
それでも小さく呟いた彼の言葉に、メルディはパァッと表情を明るくさせた。
「ホントか?嬉しいよー。メルディ、リッドが事好きだから傍にいたいな」
「兄貴とかそういう意味でだろー」
「チガウよー。リッドがこと、男の人として好きよ」
「分かった分かった。そういう事にしておくよ」
どこまでも素直じゃない自分。
彼女の言ったその言葉が、今まで感じた事がないくらい嬉しかったのに。
本当か?!と問い詰めて、もう1度彼女の口から聞いてみたいと思ったくせに。
相手を想っていたのが自分だけじゃなかった事が、泣けてしまうほど嬉しかったのに。
「ホントよ。メルディはリッドが事、イチバン大好き」
自分の気持ちを知ってか知らずか、そんな風に言った彼女の言葉に、赤くなった顔を隠すために潜り込んだ布団の中でリッドは思わず瞳を覆ったのだった。
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