※18Rではありませんが、仄めかす表現があります。苦手な方は閲覧をおひかえ下さい。


アイメンの街が崩壊してしまってから1週間。
メルディはもとの元気を取り戻したかのように見えた。
ヒアデスの襲撃を受けた翌日はそのショックから会話もままならず、食事さえまともに摂れない状態だった彼女がこんなに短い期間で笑えるようになったのは仲間の力と彼女の強さがあってこそだろう。
ただその笑顔に無理が無いかといえばそれを断言することはできず、ともすれば無理矢理笑ってみせる彼女の痛々しい姿が見てとれるのもまた事実だった。
リッドやキールは「そんなに無理して笑わなくて良い」と言うのだが、それでも彼女から「無理矢理の笑顔」が消えることは無く、夜中に悪夢にうなされたメルディをファラが抱きしめてやるというのも度々見える光景の1つになっていた。


「メルディ?入るぞ?」

「はいな、リッドか?」


星がちりばめられた時刻。
リッドはファラとメルディの部屋の扉をノックした。
程なく聞こえて来た声に静かにドアを開けると、そこにはメルディが一人窓辺で頬杖をついたままこっちを見ている。
てっきり一緒に居ると思っていたファラの姿は無く、広めの部屋は薄暗い明かりのみに照らされて寂しさを漂わせていた。


「ファラは?」

「ん、稽古してくるって外に行ったよ。その後お風呂に入って戻ってくるって言ってた」

「そうか」


毎日毎日よく続くものだと呆れながらも感心してしまう。
異常なまでの向上心を抱いた幼なじみの少女は、何を守りたくてそんなに強くなろうとしているのだろう?


「リッドは?どしたか?」


こんな時間に、と壁の時計を見る。
針はもうすぐ夜の11時になろうとしており、静かなこの村ではもう外の明かりも数える程にしか灯っていない。


「別に用事があったわけじゃねぇんだけど…」


ただ何となくメルディの様子が気になって見に来てみただけだったのだ。
そこにファラが居たならとぼけて部屋を後にするつもりだった。
しかし生憎そこにファラの姿は無く、それによってリッドは何となくここから立ち去るタイミングを逃してしまった。
かと言ってこのまま逃げるようにこの部屋を立ち去るのも何となく惜しい気もする。
それに、好きな女の子が一人寂しそうに頬杖をついている姿などを見てしまったら、心配で部屋に戻りづらい。


「そか、キールは?また読書か?」

「そうそう。またこんな分厚い本に噛り付いてたぜ」

「キールは勉強が好きだからな」


クスクスと笑い、窓の方を向いていた身体をリッドの方へ向き直す。
結わいた髪が開いた窓から入ってくる風に揺れて、それ自体は光っていない筈なのにキラキラして見えた。
何時もの服では無く、備え付けの薄い寝巻に包まれた身体に月光があたり、思いの外細い彼女の身体の線を浮き上がらせる。
幼さを残す表情の中にどこか年齢に見合わない大人びた表情がチラつくのを見逃せる筈もなく、そのゾクリと背筋を這う感覚にリッドは思わず目を逸らしたくなってしまった。
しかしそれに反して視線はメルディから離れてはくれず、夜風に揺れるその髪に触れたくて少しずつ彼女の座る窓辺に近付く。


「リッド?」


気付いた時にはもう彼女の髪に触れていた。
柔らかな髪は少し触れただけで指に絡んでしまいそうに見えたが、意外にもするすると指の間を滑って流れていく。
そんな自分を「何をしているの?」というような不思議なものを見る瞳で見上げられたが、彼がその疑問に言葉で答えることは無く、ただメルディの柔らかな髪を時間をかけてゆっくりと梳いていくだけだった。
どうしてかそんな行為は何故かどこと無く大人びた空気の中に身を投じてしまったような気がして、あどけない表情を見せるこの少女を巻き込んでしまうのは少なからず戸惑われる。
しかし「あどけない」だけでは片付けられない色香に誘われて彼女の肌近くまで歩み寄ってしまったリッドは、拒む言葉も素振りも見せないメルディの髪に指を絡ませるだけでなく、夜風に晒されて少し冷えたその肌に触れてみたくて髪に触れていない方の手を伸ばすと、彼女の頤をなぞって指を滑らせた。


「胸、苦しい」


何度も何度も自分の下顎を優しく行き来するリッドの指に、メルディはほんの少しだけ息を付いて囁いた。
それまで何の言葉も無かった部屋にその一言はあまりにも大きく響いたが、それでも彼の指はメルディの頤から離れる事は無く、ただ彼女の顔をなぞっていた指がついさっき言葉を発した彼女の唇に触れただけだった。


「切ないな」


再び言葉を発したのはリッドで、メルディの唇に指を這わせたまま、1つ溜息を落とした。


「切ない?」

「あぁ、切ない」


メルディの唇に触れる指が、髪が滑っていく手が、どうしようもなく熱くて仕方が無かった。
それなのに、こんなにも冷えた彼女の肌。
揺れる瞳はどこか遠く、自分を見てくれている筈なのに素通りされているような感覚に陥る。


「触れてもいいか?」


承諾を得るように声をかけたのに、リッドはその答えを聞かずに彼女に口づけた。
当然そこも冷えているのだろうと思っていたが、それは冷えた肌とは全く違う温かい柔らかさに触れて一瞬瞳を開く。


「んっ―」


驚いたのは彼女も同じで、彼からの突然の口付けに身をよじって逃げようとする。
しかしそれを許さないようにリッドは彼女の髪をクシャリと握って両掌で頭を抱き、彼女の唇が自分から離れてしまわないように何度も何度も角度を変えて口付けた。
それは決して深い口付けではなかったが、啄むのともまた違う強さのものだった。


「っは、リッド、苦しい」


そんなに深く口付けている訳でもないのに呼吸さえ許してくれない激しいキスに、メルディは苦しそうに喘いで思わずリッドの腕を掴んだ。
掴んだといっても彼女の指に力など入るはずも無く、ただ自分の頭を抱くリッドの腕に弱く触れるようなものだったが。


「身体なんて無かったらいいのにな」


ようやく彼女の唇を開放すると、リッドはどこかで聞いたような台詞を呟いてメルディの顔を覗き込む。
しかし激しい口付けを受けた彼女は肩で息をし、今にも雫が零れ落ちそうなほど潤んだ瞳を瞬かせているばかりだった。


「メルディ…」


そんな彼女に、無理矢理唇を重ねたのはやはりやり過ぎだっただろうかと思う。
しかしその彼女は数回瞬きを繰り返し、今にも零れ落ちそうだった雫を自ら流してリッドに身体を凭れさせた。
それでもリッドは目の前から消えたピンクパープルの残像を探し、胸に凭れかかるメルディの肩をそっと抱くと再び顔を近付けていく。


「や、リッド――」


瞬間メルディはリッドの身体を押し戻すように腕に力を込める。
しかし彼女のか弱い抵抗は、あっさりと彼の力に負けてしまった。


「んっ、リッド、苦しいよぅ」


まるで自分を全て飲み込んでしまいたいというようなリッドのキスに、メルディは半ば酸欠状態の頭で彼の表情を見てとろうとした。
僅かなメルディの動きを感じたのか、リッドはほんの少しだけ唇を離すと、苦しそうに喘いでいるメルディの瞳を覗き込んで熱っぽく笑む。
そんな彼の瞳に見つめられ、メルディは急にリッドの腕の中にいることが恥ずかしくなって瞳を逸らそうとする。
しかし何がそれを邪魔するのか、今まで見た事も無いような熱っぽい視線を送る彼の瞳から逃れる事が出来ない。


「メルディ」

「んぅっ」


彼女が逃れられないように耳元で名前を呼べば、それに反応して甘い声があがる。
それだけでもう身体の芯から火を放つように全身が熱くなる。
このままこの想いを遂げてしまいたい、彼女の細い身体をキツく抱いて心底思った。


「好きなんだ。メルディ、お前のことが」


随分と勝手な言い方だとは思う。
こんなにも突然彼女の唇を奪って、そのうえ彼女の真意を知ることもなくメルディが欲しいと切望している自分。
そのくせ今更彼女に自分の想いを知ってもらおうだなんて、まるでそれで彼女を抱く事を許してもらおうとしているみたいに。
まるで順序がバラバラだ、彼女の身体が震えるのも無理は無い。


「ごめんな。怖いよな」


一瞬の沈黙。
彼の告白にメルディの表情は困惑したように迷いの色を隠さない。
その表情を見た瞬間、リッドは我を忘れていた自分を後悔した。
そして戻ってくる何時もの自分。


「こんな風にメルディのこと傷付けるつもりは無かったのに。それだけはしちゃいけないって分かってたんだけどな。ダメだな俺は」

「リッド、何時ものリッドに戻ったのか?」


それまでの何の言葉も発さなかった、否、発することができなかったメルディが小さく囁いた。


「おぅ、戻ったみたいだな」

「少し、怖かったよ」

「そうだよな・・・・・・」

「でも、メルディもリッドのこと好きよ。だからちょっとだけ、これはメルディが望んでたからかもしれないって思った」

「そういうこと言うなよ」

「ダメなのか?」

「また怖い思いすることになるぞ」


そんな風に言われたら、せっかく戻った理性がまた壊れてしまうかもしれない。
そうなったら、今度はこうして彼女の震える瞳を見ても止めてやることが出来ないだろう。
怖がって、不安で瞳を潤ませる彼女はさぞかし可愛く官能的だろうが、それを今のリッドが包み込んでやれる自信もない。


「それでも良いな。うん、それでも良いよ。リッドはメルディがこと好きって言ってくれた。リッドだから、怖い思い、してみたい」

「優しくしてやれると思う、けど、自信はねぇぞ?」


それでも良いと言うのだろうか。
怖くて、痛くて涙が止まらなくなってしまうかもしれないのに。


「だってメルディが心臓さっきからドキドキしてる。リッドとキスした時、なんだかとても切なかったよ。今まで見たことない眼してて怖かったけど、でもそれでもリッドはリッド。こうしてメルディがこと心配してくれてる。だから、その先も見てみたいよ。リッドと一緒に」


言葉を紡ぐ彼女の唇は僅かに震えていて、それを安心させたくて今度は優しく口付けた。
それでもリッドの胸の中にはもやもやと何かが広がる。

どうしてだろう?こんなこと、どうしてメルディは許すのだろう?

今は大事な戦いを控えていて、それによって彼女は耐え難い不安と悲しみと恐怖を抱き、今もまたそれと戦っている筈なのに。
その上こんな生々しい出来事まで受け入れてしまおうというのだろうか。


「無理しなくてもいいんだぞ?俺は、待てるから」


メルディがそれを受け入れても、リッド自身はまだそれをすんなりと受け入れることが出来ていなかった。
元はといえば自分が始めてしまった危うい出来事なのだが、言葉を紡ぐ彼女の弱く細い身体や声を目の当たりにすると、こんなことを彼女にして大丈夫だろうか?彼女は耐えられるだろうか?
という気持ちになってしまう。


「ワカらないよ」

「え?」

「メルディとリッド、何時まで一緒に居られるかはワカらない」

「何言ってんだよ!」


メルディの言葉にカッとなったリッドは、メルディがビクリと肩を震わせるのも構わずに大声を出した。


「だって、だってリッドはインフェリアン。メルディはセレスティアン。帰る場所が違う。この戦い終わったらリッドはインフェリアに帰るの、自分が世界を離れるはとっても辛いことよ、メルディそれがよく分かる。だからリッドはインフェリアに帰らなくちゃダメ」

「でも、そんなの戦いが終わってからの話だろ?それにこの先、何があっても俺はメルディの傍を離れない。メルディが倒れそうになったときは俺が支えるし、お前がどこか遠くに行くなら俺も行く」

「それに…メルディがメルディのままで居られる時間も、どのくらいなのかももう分からないよ」

「なに?」

「んーん、何でもない。なぁリッド、メルディ、リッドがこと好きよ。リッドがメルディがこと好きって言ってくれたのと同じ気持ちで。だから今が良いの。お願い」


求めていた側が1つ引き、求められていた側が1つ歩み寄る。
その瞬間、部屋を僅かに灯していた火は強い月光に負け、2人のいる広くもない空間は不思議な色の光に包まれていく。
このまま世界の時が止まってしまえば、こうしてずっと弱くて甘い夢の中に浸っていられるだろうか?
そんな都合のいいことを考えて、また少し2人の間に沈黙が流れた。


「火がついたみたいだ」


胸の中を駆け巡る熱い熱い灼熱の想い。
それはまるで身体に火がついたように何もかもを燃やし尽くし、それでもその炎は燻って止まなかった。
それを言葉にした瞬間、メルディの身体を引き寄せる。


「メルディも、熱いよ」


抱きしめた身体から香る、どこか誘惑するようなメルディの香り。
その香りに顔を埋め、揺れるピンクパープルの髪に優しく触れると、それを広げるように髪留めを引っ張る。
ハラリと落ち、ふわりと広がり、瞳一杯その色しか見えなくなる。
それを風が優しく撫でて、波紋を広げるようにして彼女をすり抜けていく。
そうだ、窓辺の小さな花も、レースのカーテンも、彼女の髪ほどには美しく揺れはしないだろう。
夜の風に揺蕩い、サラサラと音をたてそうなほどに響く。
眩暈を起こしそうなくらいに匂い立つ夜。
彼女の唇は今まで触れてきた何よりも柔らかく甘いもの、彼女を抱きしめれば感じたこともないくらい情欲的な香り。
唇のその奥を探れば自分とは確かに違う熱を感じ、それを追い掛ければ彼女の喉から煽るように声がする。
そのまま優しく横たえて、光に映し出された身体を優しく撫でた。
そして静かな夜に紛れ、求めて、求められて、もっと熱く深いところまで落ちていこうとした。
いくら抱き合っても冷め遣らぬ灼熱の炎を胸に宿して、2人はこのまま何も残さぬくらいに焼き尽くされてしまえば良いのにと思う。
そして、ただただ狭く暗いだけの世界に残された幼い少年と少女は、その身にはよほど似つかわしくない強い瞳で見つめ合った。


ただその指先だけ離れないように結んだままで。


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