「らーんたろーっ」

「へ?って、わっ!ぅわっ!!危ない、危ないよ!こへちゃん!!」


ぽかぽか陽気のお昼過ぎ、長屋の廊下に座り、中庭に向かってブラブラと足を遊ばせていた乱太郎は、突然背中から勢い良く抱き着かれて転がり落ちそうになりながら声を上げた。
常に全力な小平太の突進には想像以上に大きな力が込められていて、彼と比べてやや小さい乱太郎はいとも簡単に吹っ飛ばされてしまう。


「おお、すまん」


ジタバタと腕を動かして、何とか持ちこたえている乱太郎の体を引っ張り戻しながら、小平太は笑って言った。


「ふー、ありがとう。それで、何?」


にこにこしている小平太の表情に、「あんまり悪いと思ってないでしょ……」と心の中で思うが、それでも助けてくれたのに変わりはない。お礼を言いつつ小平太に訊ねると、問われた本人は「ん?」と首を傾げてしまった。


「ん?じゃなくて。何か用があったんじゃないの?」

「用?別にないぞ」

「んん?」


聞き間違いかな?そんな風に乱太郎が思っていると、その心を読んだかのように小平太がにっかー!と笑って繰り返した。


「用は別にない!」


お日様のようというか、キラッキラというか、兎に角眩しい笑顔を顔中一杯に浮かべる小平太に、思わずガックリと力が抜けていくのを感じてしまう。


「―そうでしたか」

「一緒に昼寝でもどうかと思って来ただけだ」

「お昼寝?」

「今日は休日で特に予定も無いだろ?」


まぁ、確かに小平太の言う通りではある。


「んー、確かに」

「じゃあ決まりだな!」


言うが早いか小平太はゴロリ!と横になってしまう。だが


「ちょっとこへちゃん!」

「なんだ?」

「なんだじゃないよ!これじゃわたしが横になれないじゃない」


小平太がごろりと横になり頭を乗せたのは膝。そう、乱太郎の膝の上だったのである。


「駄目なのか?」

「いや駄目でしょ。お昼寝するんだよね?こへちゃんが私の膝に頭を乗せてたらわたし寝転べないよね」

「乱太郎は座ったまま寝られるだろ?」


何だこの殿様。乱太郎は思わず米神を押さえて項垂れた。
少なくとも小一時間はこのままの体勢でいなければならないことを考えると、この状態で昼寝をする事が後々乱太郎にどんな辛い症状をもたらすのか位の事は小平太でも分かるはずだ。
小平太の天真爛漫さ、というかこういう気ままな所は良く知っているし好むべき所ではあるが、今のこの状況はそれを受け入れかねる。


「そりゃ座ったままでも眠れるけど、疲れるしわざわざこの体勢を選ばせることないじゃない。一緒にお昼寝するっていうからてっきり」


ぽかぽかのお日様があたる廊下で二人、ごろりと仲良く寝転んでお昼寝をしようという事だと思ったのに。
ぶちぶちと文句を言っていると


「それも良いけどな!」


という小平太の明るい声が響いた。


「じゃあ」

「でも駄目だぞ」


頭降ろして、と言いかけた乱太郎を遮って、小平太がキッパリと言い放つ。


「なんでよー!」


こんな言い合いをしている最中も小平太は乱太郎の膝から頭を起こすことはなく、わちゃわちゃと忙しなく抗議の為に動いている乱太郎の右手をしっかりと掴むとその掌に唇を寄せた。


「?!」

「乱太郎、この間文次郎に膝枕してやってたろ?」

「はぇ?」

「見たぞ、文次郎に膝枕してやって昼寝してただろう」


突然掌に唇を寄せられた事に驚いていると、膝の上の小平太が面白くなさそうな顔をしてそんな事を言い出すので、その手を引くことも忘れて瞬きを繰り返す。
そして数秒考えると、「ああ!」とその日の事を思い出して小さく頷いた。


「思い出したか?」

「うん」

「文次郎には乱太郎から言い出してたな」

「だって文さん、まぁたすっごい隈つくってたんだもの。心配だから寝てって言っても全然聞いてくれないし。だから無理やり寝てもらったんだよ。って、もしかして……拗ねてるの?」


心なしか小平太の唇がつん、と尖っているのを見て、乱太郎は思わず困ったように笑いながら彼の頬をつんつんと突いてみた。
一瞬視線を逸らした小平太は、握ったままだった乱太郎の右手で自分の口元を覆って隠してしまう。
それでもその掌の下で何か小さく呟くのが感じとれて、乱太郎は「なに?」と耳を近づけた。


「……かった」

「ん?」

「うらやましかった」


今度は聞き取れただろうと、口元を覆う乱太郎の掌に再度「チュ」と音を立てると、ニカッと笑って膝に頭を擦り付ける。
それは猫や犬が愛情を表現する時の仕草のようで、その素直な言葉と相俟って乱太郎の顔を真っ赤に染めさせるには充分すぎる威力を持っていた。


「だからこのままな!」


そう言って幸せそうに笑う小平太を見てしまっては、もう乱太郎は何もいう事が出来ず、ただ


「はい……//////」


と熱く火照った頬を冷ますように掌を当てて、視線を逸らしながら返事をすることしか出来ないのだった。




再びの「誰だお前」感!よし、仙蔵のと合わせて「誰だお前シリーズ」と名づけよう(嘘)


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