この人の胸に抱かれている間、わたしは決して瞳を開かない。
開けば絶望するからだ。
その髪の色が、その肌の色が、その瞳の色が、彼の持つ全ての色があの人とは違うという事に。


(あぁ、でも)


どんなに瞳を固く閉じていても、それらから逃げることなど出来はしない。


(だって)


わたしを抱く腕の力が、わたしの名を呼ぶ声の強さが、わたしの髪を撫でる掌の大きさが


(こんなにも、違うもの)


もう何度、こんな事を思っただろう。


「乱太郎」


わたしを腕に抱いたまま、この人は優しく名前を呼んでくれる。
底も見えぬほどに優しい声色は、一瞬、ほんの一瞬だけあの人を思い出させる。
だからわたしは、この人の胸に顔を隠して笑うのだ。


「なぁに?」


甘えるように、小さな声で、そう答える。


「あいしているよ」


包み込むように、柔らかく与えられるこの愛は、私の全てを溶かしてくれる。


「うん、わたしも」


これは、わたしの中の数少ない真実。わたしはこの人を「あいしている」


あいしている。

あいしている。


心のなかと、頭のなかで、延々、延々と繰り返される愛。
言葉にならない「愛している」の一言に、あの人の幻がチカチカと眩しい。


「あいしてるよ」


言った後、また隠れるように、ギュウ、としがみ付き縋るわたしに落ちてきた言葉は


「ありがとう」


一層強く抱きしめられて、思わず彼の全てに支配されてしまいたくなった。


あぁ、全て知っていたのね。


(全部、分かっていたのね)


あの人と同じ色の制服が、何だか無償に悲しくて、腹立たしい。


「あいしてる」


逸らした視線に、幻と空蝉が重なって見えた。




振られたか、捨てられたか、死に別れたか。
囚われたままの乱太郎さんと、それを知ってて繰り返し愛情を告げる誰か。
相手は決して「忘れなくても良いよ」とか「少しずつ好きになってくれれば良いよ」とか、そんな事思ってない。
良くある設定ってやっぱり好き!



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