『ひゃあぁああ!!』
「あ、落ちた」
「だねぇ」
穏やかな午後、自室でのんびりとお茶を啜っていると外で甲高い悲鳴が響いた。
兵太夫が言いながら立ち上がるのを眺めて、三治郎もそれに続く。
「おーい、大丈夫?」
落とし穴を覗き込みながら三治郎が声をかけると、底の方で目を回していたその子は軽く頭を振って立ち上がる。
「いったたた、大丈夫だけど。もう!兵ちゃん三ちゃん、こういう罠仕掛けるの止めてって言ってるじゃない!!」
「ごめ~ん。でもこんな分かりやすい落とし穴に落ちるのなんて乱太郎くらいだよ」
落ちたその子、猪名寺乱太郎が穴から這い上がるのを手伝いながら兵太夫が笑うと、言われた本人はぷうっと頬を膨らませた。
「そんなことないよ!」
「そうかな?だって乱太郎、僕達が仕掛けた罠に端からかかってるじゃない」
「う……」
これには反論できない、だって確かにそうなのだから。
でも乱太郎だって馬鹿じゃない。
そりゃ阿呆だ阿呆だと言われるし実際お勉強は得意な方ではないけれど、この二人の部屋の近くに来る時は細心の注意を払っているし、ここ最近は特に、罠の張り方や場所を選ばなくなってきていると感じているのでそこそこ注意をして行動しているつもりだ。
なのに……なのに何故かこうして一日最低一回、酷い時なんかは何回も落ちたり吊るされたり捕獲されたりしてしまう。
と、ここまで不貞腐れた顔のまま巡らせてはたと首を傾げた。
「そういえばさ、最近の二人の罠って捕獲目的みたいなものが多いね」
罠を仕掛ける楽しさに目覚めた当初は、落とし穴にしてもこんなに深く掘られていなかったし、足元を捉える縄だって、一年生の乱太郎でも少し頑張れば抜け出せる程度のものだった。
どちらかと言うと悪戯の延長線にあるみたいな、そんな感じだったのに。
ところがどうだろう、最近の彼らの罠ときたら、かかった獲物は絶対に逃しません!とでも言っているみたいにやたらと複雑かつ巧妙に出来ていて、単純な落とし穴でさえも今みたいにちょっとやそっとじゃ抜け出せない仕様になっている。
「単純な罠なんかじゃ満足出来なくなっちゃったってことなのかしら?」
危ないものは勘弁して欲しいなぁ。と言外に含めて腕を組むと、兵太夫と三治郎はチラリとお互いの視線を合わせて笑う。
「ぼく達ってば独占欲が強いからさ」
「へ?何?それが罠と何の関係があるの?」
にしし、と悪戯っ子二人が心底楽しそうに笑うも、乱太郎にその言葉の真意を捉えることは出来なかった。
「ふふ、分かんなくて良いよ」
「?」
それこそ最初から分かっていた事だから!と再び顔を合わせる兵太夫と三治郎に、乱太郎の疑問符は増えていく一方だ。
しかしそんな乱太郎を余所に、二人は益々悪戯っ子の笑みを深めるばかり。
「乱太郎が罠に掛かりやすいヤツで本当に良かったよ」
有ろう事かそんな事を言ってうんうんと頷きあう二人に、「何それ」と乱太郎の顔は少しムッとしたものに変わってしまう。
しかしそんな表情にも何処か嬉しそうな顔をして、二人は乱太郎の髪をクシャクシャと掻き混ぜて楽しんでいるばかりだった。
「もう!」
そんな二人の様子に「何を考えてるのかちっとも分かんない!」と眉を寄せる乱太郎に、兵太夫と三治郎はパチンッと音を立ててお互いの掌を合わせると
「僕達の独占欲は罠に出るってことなのさ!」
と笑ってみせる。
「独占欲~?さっきも言ってたけど……全然分かんない!」
「だから、分からなくても良いんだって」
「そうそう、乱太郎はそのままぼく達の罠に引っ掛かってくれてれば良いの」
乱太郎の言葉に尚の事悪戯っ子の笑みを全開にさせ、「ね?」と言葉を投げる目の前の二人。
そんな彼らを前に、乱太郎はただただ立ち尽くして
「わたしの身が持たないんだけど」
と答えるしか出来なかったのだった。
ぼく達の罠は乱太郎専用だよ!
うん、とても迷惑。
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