※モブ目線、死ネタ
※症状、死までの経過時間など捏造有り
※時間は全て四八刻法です
今は遠い、青い空の向こうを眺めながら、人が終わるというのはこんなにも呆気ないものだったのかと思った。
手柄を立てればかなりの報酬が出ると誘われて、村に親と幼い兄弟を置いて戦に参加した。
同じ村から出て来た幾つもの見知った顔はいつの間にか見えなくなっていて、それでも手柄の為と弓やら礫に襲われ、鉄炮玉に狙われながら刃に向かう。
そして今、自分は遠い空をこうして眺めているわけだ。
「おかしいなぁ、今くらいの合戦じゃあ足軽に戦死者はでねぇって聞いてたんだけどなぁ。
いや違う、多くねぇだったけか。そうかぁ、多くねぇって、死者が出ねぇってことじゃねんだなぁ」
ブツブツと口の中で声に出すと、動きが鈍くなった首をギリギリと動かして周囲を眺めてみる。
そこには自分と同じく敵方の攻撃に倒れたのであろう男達が幾つか転がっていて、中には「うう」だとか「ぐう」だとか良く分からない呻き声を発したり
「いてぇいてぇ」とか言いながらのた打ち回っているようなのも居た。
「おお、おお、情けねぇ」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる奴に向かい鼻で笑いながら言ってみるも、自分の喉から発せられるのはどうやらヒュウヒュウという息ばかりで、あまり声になっていないようだ。
「おや、自分の喉も案外情けないものだ」と思っている内に、その呻き声もシンと静かになった。
「本当、人間って呆気ねぇなあ。しかも今や独りっきり」
先程と同じようなことを今度は口にして、も一つヒュウと息を吐くと、やられた背中や脇腹から温かいものが逃げていくのが感じられた。
足軽として先陣を切った自分に、鉄炮玉の当たる嫌な音と刃が刺さるブズリという感触がしたのはももうどれくらい前か。
今の自分にはそれを知る術が無い。何せ空を眺めているといっても、この眼は殆ど役目を果たしてはいない。ぼう、と映る青を眺めているだけだ。
これでは太陽の位置を読もうと思っても叶わぬ事。
「やれやれ」
呟き、まぁ今の自分が時刻を読めたとしてもあまり役には立たないのだろうな。と小さく為息を吐いた。
そんな詮無い事-今の自分にはとてつもなくしょうもない事に思えたのだ-をつらつら考えている間にも心臓が脈打ち呼吸をする度に自分の中から命がズルズルと引きずり出されていくのを感じた。
磨り減っていく自分の時間を感じながらギリギリと首を元に戻すと、変わらぬ青が眼の中一杯に広がっている。
「あー、空が青いなぁ。これで仕舞いとは、母ちゃんは大丈夫か。そうだ、弟達はどうしてるかなぁ」
父が病で亡くなり、母と自分、幼い弟達で田畑を耕し細々とやって来た我が家、そんな生活に不満を抱いてなどいなかったが、兎に角母親や弟達に少しでも楽をさせてやりたくてここまで来た。
来たのに、こんな事になってしまうとは。
「手柄立てて報酬持って帰る、って約束して出てきたんだけどなぁ。ああ、どうしようかなぁ。母ちゃん怒るかなぁ」
さていよいよ覚悟は決まったぞという矢先に、これはどうした事か急に弱い気持ちが沸いて来る。
一度「母ちゃん」と口にしてしまったが最後、空を眺める瞳にも、空に近かった胸の中にも、そこいら中に母親の姿が見えるではないか。
「母ちゃーん」
思わず呼んだその時だ。
「貴方、傷の具合を見せてください」
そう尋ねる声がした。
「失礼します」
その声に此方が答える間もなく、問うてきた誰かは簡素な鎧を外しにかかる。
そして脇腹辺りに差し入れられた手に思わず「ぐ」と痛みだか何だか、訳もわからず声を漏らすと、焦ったように手が緊張したのが伝わってきた。
「手当てなんか良いよ。俺はここに随分と転がってんだ、ありがとな」
その手の緊張が決して自分の声に反応したからだけでは無いと分かっていたから、自分はもう分かっているという意味も込めて伝えると、その人は「すみません」と泣きそうな声で返事をした。
「何がすみませんなもんか、俺はここで一人ぽっちでおっ死んじまうんだと覚悟してたんだぜ。あんたが現れてくれて少なくとも寂しい死に様からは逃れられたってもんだ」
「何を言うんです」
「おいおい、こんな怪我した足軽だぜ?この先農民に戻っても使い物になんねぇじゃねえか。そんな死に損ないは放っておかれて野垂れ死ぬ、そういうもんだろ」
「・・・・・・」
「それよりなぁ、もそっとこっちへ来てくれねぇか。折角だからアンタの顔を見ておきてぇ」
黙ってしまったその人に指先で突いて示すと「はい」という声と一緒に人の影が一気に近付いてきた。
今まで良く見えていなかったが、その人は何とも言えない空気を纏っている人物であったようだ。
赤茶けた長い髪の毛を一つに結び、薄い青色の着物を纏っている。
見えるといってもハッキリと見えているわけではないが、丸い輪郭に丸い瞳を持ったその顔はどこか村の母親を思い出させるようだ。それに何よりなんとも言えないのはその「声」だった。
「おお、ありがとう。それにしてもアンタの声はとても良いな。少し母ちゃんを思い出させるよ」
「母ちゃん、ですか?」
「お、もしかしてアンタ男だったかい、そりゃすまねぇ。でもなぁ、何とも優しい音をしてる。安らぐ声をしてるなぁ」
聞き返すその中に若干の苦笑が混じっているのを感じて、おや男だったかと謝ったが、この優しい響きは男でも女でも今の自分には関係ねぇな、と頭の隅で思った。
「ちょっとな、俺の名前を呼んでみてくれよ」
沸いてでた寂しさや心細さ、恋しさなんかがない交ぜになったまま、その声の主に請うてみる。
「はい、お名前はなんと?」
するとその人は何の躊躇もなく母親の役を買って出てくれたのか、そう返してきたのであった。
「弥兵衛だ」
「……弥兵衛」
「おお、母ちゃんだ」
「弥兵衛や」
「おう、おう。弥兵衛だぞ」
さぁこの人物が現れて五分程であろうか、幾度かそんなやり取りを繰り返していたから自分は少し疲れてしまったかもしれない。
重くなった瞼を閉じて、名を呼ぶ声に耳をすませる。
「弥兵衛、母ちゃんにして欲しい事はない?」
「俺はもう十六だぞ。母ちゃんに甘えるような年でもねぇって」
眼を閉じてしまった自分に母ちゃんの声がそう聞いてきて、弥兵衛は思わず照れた笑みを微かに浮かべた。
「母ちゃんが甘えて欲しいんだよ。ほら弥兵衛、何でも良いから」
「しようがねぇなぁ。じゃあ子守唄だ、子守唄を謡ってくれねぇか」
暗い視界の中に母親の顔が見える。その母親が幼い弟達を甘やかしている時の表情をして、こちらを見ているのだ。
ややあってゴソリと人の動いた気配がし、硬くなった首と重たい頭を優しく支えながら、柔らかく、とても温かいものの上に乗せられた。
「膝枕か。ちょっと恥ずかしいなぁ」
「何を言ってんの、小さかった頃は母ちゃんの膝にばっかり上っていたくせに。さぁさ、子守唄を謡ってあげるからね」
そう言いながら頭を撫で、もう片方の手は鎖骨の辺りで触れるか触れないかの軽さでポン、ポン、と拍子を取るように動き出す。
やしょめ やしょめ
京の町の やしょめ
織ったるものを 見しょめ
きんらん どんす
綾や ひぢりめん
どんどん ちりめん どんちりめん
どんどん ちりめん どんちりめん
優しく、少し低いその声が謡う子守唄は、確かに聞き覚えがあるものだった。
幼かったあの頃、母が良く謡ってくれたあの子守唄だ。
空気ごと温かく包まれるような声に安心し、疲れきった体からフウと一つ息を吐き切ると、極々薄く眼を開けてあの日と同じようにおやすみの言葉をほろりと口から零して落とす。
「かあちゃん。おやすみ、かあちゃん」
その時、薄ぼんやりと瞳に映ったその表情は、自分が大好きだった優しい母親の笑顔そのもので、思わずその膝にもう少し、と頭を埋めてしまう。
「おやすみ、弥兵衛。良い夢を見るんだよ」
優しく頭を撫でる手と穏やかに響く声に、弥兵衛はいよいよとろとろとした眠気を覚えて再び瞼を閉じる。
「かあちゃん」
自分でもビックリするような甘え声で母を呼ぶと、綺麗な顔で笑う母親がもう一度そっと頭を撫でてくれた。
「弥兵衛」
そこへ落ちる瞬間、最後に聞こえた名を呼ぶその声も、弥兵衛の耳の奥深く、とても安心する場所まで優しく響いていた。
その証に、あまりに深すぎる眠りの底へ落ちて行った弥兵衛の口元は、幼子のそれのように少し三日月の形をしていたのであった。
「貴方の眠りが安らかでありますように。少しでもお手伝いが出来ていたなら良いのだけれど」
静かに眠る弥兵衛の頬を撫でて、乱太郎はそっと瞼を閉じた。
※症状、死までの経過時間など捏造有り
※時間は全て四八刻法です
今は遠い、青い空の向こうを眺めながら、人が終わるというのはこんなにも呆気ないものだったのかと思った。
手柄を立てればかなりの報酬が出ると誘われて、村に親と幼い兄弟を置いて戦に参加した。
同じ村から出て来た幾つもの見知った顔はいつの間にか見えなくなっていて、それでも手柄の為と弓やら礫に襲われ、鉄炮玉に狙われながら刃に向かう。
そして今、自分は遠い空をこうして眺めているわけだ。
「おかしいなぁ、今くらいの合戦じゃあ足軽に戦死者はでねぇって聞いてたんだけどなぁ。
いや違う、多くねぇだったけか。そうかぁ、多くねぇって、死者が出ねぇってことじゃねんだなぁ」
ブツブツと口の中で声に出すと、動きが鈍くなった首をギリギリと動かして周囲を眺めてみる。
そこには自分と同じく敵方の攻撃に倒れたのであろう男達が幾つか転がっていて、中には「うう」だとか「ぐう」だとか良く分からない呻き声を発したり
「いてぇいてぇ」とか言いながらのた打ち回っているようなのも居た。
「おお、おお、情けねぇ」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる奴に向かい鼻で笑いながら言ってみるも、自分の喉から発せられるのはどうやらヒュウヒュウという息ばかりで、あまり声になっていないようだ。
「おや、自分の喉も案外情けないものだ」と思っている内に、その呻き声もシンと静かになった。
「本当、人間って呆気ねぇなあ。しかも今や独りっきり」
先程と同じようなことを今度は口にして、も一つヒュウと息を吐くと、やられた背中や脇腹から温かいものが逃げていくのが感じられた。
足軽として先陣を切った自分に、鉄炮玉の当たる嫌な音と刃が刺さるブズリという感触がしたのはももうどれくらい前か。
今の自分にはそれを知る術が無い。何せ空を眺めているといっても、この眼は殆ど役目を果たしてはいない。ぼう、と映る青を眺めているだけだ。
これでは太陽の位置を読もうと思っても叶わぬ事。
「やれやれ」
呟き、まぁ今の自分が時刻を読めたとしてもあまり役には立たないのだろうな。と小さく為息を吐いた。
そんな詮無い事-今の自分にはとてつもなくしょうもない事に思えたのだ-をつらつら考えている間にも心臓が脈打ち呼吸をする度に自分の中から命がズルズルと引きずり出されていくのを感じた。
磨り減っていく自分の時間を感じながらギリギリと首を元に戻すと、変わらぬ青が眼の中一杯に広がっている。
「あー、空が青いなぁ。これで仕舞いとは、母ちゃんは大丈夫か。そうだ、弟達はどうしてるかなぁ」
父が病で亡くなり、母と自分、幼い弟達で田畑を耕し細々とやって来た我が家、そんな生活に不満を抱いてなどいなかったが、兎に角母親や弟達に少しでも楽をさせてやりたくてここまで来た。
来たのに、こんな事になってしまうとは。
「手柄立てて報酬持って帰る、って約束して出てきたんだけどなぁ。ああ、どうしようかなぁ。母ちゃん怒るかなぁ」
さていよいよ覚悟は決まったぞという矢先に、これはどうした事か急に弱い気持ちが沸いて来る。
一度「母ちゃん」と口にしてしまったが最後、空を眺める瞳にも、空に近かった胸の中にも、そこいら中に母親の姿が見えるではないか。
「母ちゃーん」
思わず呼んだその時だ。
「貴方、傷の具合を見せてください」
そう尋ねる声がした。
「失礼します」
その声に此方が答える間もなく、問うてきた誰かは簡素な鎧を外しにかかる。
そして脇腹辺りに差し入れられた手に思わず「ぐ」と痛みだか何だか、訳もわからず声を漏らすと、焦ったように手が緊張したのが伝わってきた。
「手当てなんか良いよ。俺はここに随分と転がってんだ、ありがとな」
その手の緊張が決して自分の声に反応したからだけでは無いと分かっていたから、自分はもう分かっているという意味も込めて伝えると、その人は「すみません」と泣きそうな声で返事をした。
「何がすみませんなもんか、俺はここで一人ぽっちでおっ死んじまうんだと覚悟してたんだぜ。あんたが現れてくれて少なくとも寂しい死に様からは逃れられたってもんだ」
「何を言うんです」
「おいおい、こんな怪我した足軽だぜ?この先農民に戻っても使い物になんねぇじゃねえか。そんな死に損ないは放っておかれて野垂れ死ぬ、そういうもんだろ」
「・・・・・・」
「それよりなぁ、もそっとこっちへ来てくれねぇか。折角だからアンタの顔を見ておきてぇ」
黙ってしまったその人に指先で突いて示すと「はい」という声と一緒に人の影が一気に近付いてきた。
今まで良く見えていなかったが、その人は何とも言えない空気を纏っている人物であったようだ。
赤茶けた長い髪の毛を一つに結び、薄い青色の着物を纏っている。
見えるといってもハッキリと見えているわけではないが、丸い輪郭に丸い瞳を持ったその顔はどこか村の母親を思い出させるようだ。それに何よりなんとも言えないのはその「声」だった。
「おお、ありがとう。それにしてもアンタの声はとても良いな。少し母ちゃんを思い出させるよ」
「母ちゃん、ですか?」
「お、もしかしてアンタ男だったかい、そりゃすまねぇ。でもなぁ、何とも優しい音をしてる。安らぐ声をしてるなぁ」
聞き返すその中に若干の苦笑が混じっているのを感じて、おや男だったかと謝ったが、この優しい響きは男でも女でも今の自分には関係ねぇな、と頭の隅で思った。
「ちょっとな、俺の名前を呼んでみてくれよ」
沸いてでた寂しさや心細さ、恋しさなんかがない交ぜになったまま、その声の主に請うてみる。
「はい、お名前はなんと?」
するとその人は何の躊躇もなく母親の役を買って出てくれたのか、そう返してきたのであった。
「弥兵衛だ」
「……弥兵衛」
「おお、母ちゃんだ」
「弥兵衛や」
「おう、おう。弥兵衛だぞ」
さぁこの人物が現れて五分程であろうか、幾度かそんなやり取りを繰り返していたから自分は少し疲れてしまったかもしれない。
重くなった瞼を閉じて、名を呼ぶ声に耳をすませる。
「弥兵衛、母ちゃんにして欲しい事はない?」
「俺はもう十六だぞ。母ちゃんに甘えるような年でもねぇって」
眼を閉じてしまった自分に母ちゃんの声がそう聞いてきて、弥兵衛は思わず照れた笑みを微かに浮かべた。
「母ちゃんが甘えて欲しいんだよ。ほら弥兵衛、何でも良いから」
「しようがねぇなぁ。じゃあ子守唄だ、子守唄を謡ってくれねぇか」
暗い視界の中に母親の顔が見える。その母親が幼い弟達を甘やかしている時の表情をして、こちらを見ているのだ。
ややあってゴソリと人の動いた気配がし、硬くなった首と重たい頭を優しく支えながら、柔らかく、とても温かいものの上に乗せられた。
「膝枕か。ちょっと恥ずかしいなぁ」
「何を言ってんの、小さかった頃は母ちゃんの膝にばっかり上っていたくせに。さぁさ、子守唄を謡ってあげるからね」
そう言いながら頭を撫で、もう片方の手は鎖骨の辺りで触れるか触れないかの軽さでポン、ポン、と拍子を取るように動き出す。
やしょめ やしょめ
京の町の やしょめ
織ったるものを 見しょめ
きんらん どんす
綾や ひぢりめん
どんどん ちりめん どんちりめん
どんどん ちりめん どんちりめん
優しく、少し低いその声が謡う子守唄は、確かに聞き覚えがあるものだった。
幼かったあの頃、母が良く謡ってくれたあの子守唄だ。
空気ごと温かく包まれるような声に安心し、疲れきった体からフウと一つ息を吐き切ると、極々薄く眼を開けてあの日と同じようにおやすみの言葉をほろりと口から零して落とす。
「かあちゃん。おやすみ、かあちゃん」
その時、薄ぼんやりと瞳に映ったその表情は、自分が大好きだった優しい母親の笑顔そのもので、思わずその膝にもう少し、と頭を埋めてしまう。
「おやすみ、弥兵衛。良い夢を見るんだよ」
優しく頭を撫でる手と穏やかに響く声に、弥兵衛はいよいよとろとろとした眠気を覚えて再び瞼を閉じる。
「かあちゃん」
自分でもビックリするような甘え声で母を呼ぶと、綺麗な顔で笑う母親がもう一度そっと頭を撫でてくれた。
「弥兵衛」
そこへ落ちる瞬間、最後に聞こえた名を呼ぶその声も、弥兵衛の耳の奥深く、とても安心する場所まで優しく響いていた。
その証に、あまりに深すぎる眠りの底へ落ちて行った弥兵衛の口元は、幼子のそれのように少し三日月の形をしていたのであった。
「貴方の眠りが安らかでありますように。少しでもお手伝いが出来ていたなら良いのだけれど」
静かに眠る弥兵衛の頬を撫でて、乱太郎はそっと瞼を閉じた。
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